32.中山さん
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員
伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹
児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント
清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味
菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ
志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格
史子叔母さんが置いていったタブレットをすべて見終わると、まるでスパイ映画のように、タブレットの枠から白い煙と焦げ臭いにおいが立ち込め、私達は驚いてタブレットから離れた。
データは消去されたようだが、私達の胸には深く悲しい想いが刻み込まれた。
その後UGCからは何の連絡もなく、いつもと変わらない普通の大学生活が続いた。
ある晩、友紀が布団を敷きながら切り出した。
「ねえ、私たち麻紀を守るために集められた割には、あまりにも情報不足だと思わない? アイテムの存在も知らされず、児嶋事件だって。実は児嶋さんは無実で、事件が戦争や国際問題にまで発展していたなんて、そんな重大な話、どうして教えてくれなかったのかしら」
「私もそう思ってた」
布団に寝転がって、ファッション誌を読んでいた薫が同意した。
「麻紀は観察対象の貴重なアイテムだし、開発者の孫だから警護が必要よ。だけど警護役が私達なんかでいいのかと、アイテムの存在を知ってからは疑問に思ってた。だって私達はまだ正式なUGCの職員でもないし、十分に戦える訓練も受けていない。職員が大学構内に配置されているから、いざとなったらUGCの指示に従って麻紀を誘導できれば十分という事で、ペーペーの私達でも大丈夫と判断したのかもしれないけど。でもコンビニの件は出来過ぎね」
「コンビニの件?」
勉強机で、時間割を見ながら明日の授業の支度をしていた私は、薫の言いたい事が分からず、訊ねた。
すると、友紀が薫に代わって説明した。
「麻紀、由美さんは大学構内のコンビニならバイトしてもいいって言ったんでしょ。そのバイト先にいた中山さんの正体が、児嶋さんと史子さんの親友だったなんて、出来過ぎてると思わない?」
「確かに……寮に引っ越す前、母にバイトの話をしたら、母は大学構内のコンビニを勧めたの。コンビニは郵便やら宅配やらチケットの発券まで色々あるからいい経験になるなんて言って」
「おそらく――」
すでに布団の中で横になり、黙って話しを聞いていた千佳が体を起こしながら言った。
「私達をここに集合させたのは3つの理由があるのよ。1つ目は麻紀を守る為、これは明確ね。2つ目は麻紀に伊藤家の秘密と、麻紀がアイテムである事を伝えるため。由美さんは麻紀が1人で辛い思いを抱えないようここに住まわせた。私達と秘密を共有させる事で麻紀の痛みと不安を4分の1にしてやりたかったんじゃないかしら」
私自身もそんな気がしていて、胸が熱くなった。
薫が言った。
「麻紀の痛みと不安を4分の1に……そうかもしれない。1人で抱えるには重すぎる。で、3つ目は?」
友紀が、はい!と手を挙げて千佳の代わりに答えた。
「3つ目の理由は、私達と中山さんを出会わせるため。UGCは私達に中山さんを調べさせようとしている」
「正解。中山さんの話を聞いた時、これは偶然なのかって、実はそうなるように仕組まれていたんじゃないかって思ったの。由美さんは私達に中山さんを調査させる為にコンビニのバイトを勧めた。UGCの職員は中山さんを見張っているのかもしれないわね。職員がいるから安心して麻紀を働かせることができるわ」
薫が布団の上で胡坐をかきなおし、言った。
「私達はまんまとUGCの罠にかかったって訳だ」
「でも、私が中山さんから聞いた話は、UGCが知らない訳ないし、史子さんだって児嶋さんの手紙で事件の真相を知り尽くしている。今さら中山さんの何を知りたいのかしら」
薫が思い出したように言った。
「ねえ、タブレットの中でされた告白で、青木さんはこう言ってなかった?『中山さんから児嶋の身に何かが起きていると相談の電話をもらった』って」
友紀がはっと思い出したように言った。
「言ってた! 『考えすぎだと言って彼女の話に真剣に取り合わなかった』って後悔してた!」
千佳が身を乗り出した。
「中山さんは児嶋さんが好きだったのよね。中山さんは何か見たか、知ってるのかもしれない。売店一筋20年以上ってのも、売店から離れられない理由があるのかもしれない」
「UGCは中山さんが気になっている。そこで母は私達をコンビニで働かせ、中山さんを調べさせようとしている、そういうこと?」
母はまだ何か隠している、皆がそう感じた。千佳が言った。
「中山さんとも親友だった史子さんに、中山さんについて詳しく教えていただけないかしら。麻紀、連絡取れる?」




