31-Ⅲ 峰准教授の告白【復讐心】
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友
海老原教授…H大学教授で峰の上司
峰准教授……H大学の准教授。児島の父。黒田総裁と伊藤教授の級友
児島祐樹……装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント
安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。
「やめて下さい! アルジャーノン!」
「アルジャーノンの次は君の親友だ、まずは史子さんだ。彼女はなかなかいい女だ。有名人である私が直接会いに行こうか」
安藤は知名度を武器に裕樹を脅した。
「装置を盗んだのは君だ。峰が君にやらせた。峰は研究を盗む為に君を利用した。私はそう証言する。君が盗み、私は取り返そうとした。伊藤教授にお返しするよう説得もしたと。皆私を信じる」
安藤は自信たっぷりだった。
「だが君が私に従順であれば、お父上にもご友人にも手出しはしないと約束しよう。ハムスターをベランダから落とすのもやめよう」
裕樹は悩んだ。
安藤は脅しているつもりだろうが、装置を扱えないから焦っているに違いない。
しかしここで断っても、きっと力づくでもやらせる気だろう。
海老原教授を薬品で眠らせるような奴だ。
何をするか分からない。
本当にアルジャーノンをどうにかしてしまうかもしれない。
裕樹は安藤に従う道を選んだ。
裕樹は安藤の言う通りに、海老原教授を装置にかけた。
その日から裕樹は行方不明となった。
さっそく安藤は、アイテムとなった海老原教授に、自分を教授に推薦するよう命じた。
すると海老原教授は言われた通り、安藤を教授に推薦し、安藤はあれほど欲しがっていた教授の座をあっさり手に入れる事に成功した。
安藤は装置の威力に感激した。
装置の魅力に取り付かれた安藤は、推薦を辞退し、A国へ行く道を選んだ。
代わりにテレビを通して、教授を辞退したと世間に公言し、いかに自分が優秀であるかをアピールした。
ある番組で、貧困層の子どもや学生について特集が組まれ、私は出演と協力を求められた。
裕樹のように恵まれない環境の中に育ち、奨学金で大学に通っている学生の実態を調査するため、協力者となってくれる学生を、番組や大学構内で募ったところ、たくさんの学生の応募があり、応募者の名簿が作成された。
その中には親を亡くした大学生、働きながら大学に通う大学生、奨学金を利用している大学生など、苦労しながら頑張っている優秀な学生たちが大勢いた。
常に周囲を嗅ぎまわっていた安藤は、私が預かっていたその名簿に目を付けた。
安藤は名簿から、身寄りのない学生を選び出し、アイテムのターゲットにした。
関君、石塚君、竹本君の3人だ。
安藤は3人をアイテムにすると、周辺を欺く為、石塚君と竹本君には休学届を提出させ、卒業間近だった関君には、卒業証書の郵送を申請させた。
海老原教授にも体調不良を理由に長期休暇を申請させるなど、巧妙に手を打った。
全て安藤の思惑通りに事は進んでいった。
行方不明になっていた裕樹が、ある日突然、私の研究室に現れた。
少し痩せてはいたが無事だった事に胸を撫で下ろし、抱きしめたい気持ちを押さえながら、何があったのか問いただした。
すると裕樹は驚くべき内容を告白した。
私が信じられない思いで真相を聞いていると、誰かが乱暴にドアを開けた。
「海老原教授!」
教授は私を無視し、部屋に入ってくるなり、裕樹の腕を掴んだ。
思わず私は身を乗り出し、教授から裕樹を引き離そうとした。
「海老原教授、何をするんですか」
「危ない!」
裕樹が叫ぶより早く、教授は間髪を容れずにガラス製の灰皿を手に取り、私の頭を思い切り殴り付けた。
「やめて! やめて下さい!」
裕樹が床に倒れた私を庇おうとすると、教授は狂気めいた目を裕樹に向け、腕を掴むと強引に引っ張った。
私は意識が朦朧としながらも、裕樹を連れ去ろうとする教授の足に必死にしがみついた。
教授はしがみつく私を何度も何度も蹴り、止めに入った裕樹をも突き飛ばした。
狂気に満ちた教授は、もやは私の知っている海老原教授ではなかった。
するとそこに3人の学生が通りかかり、助けに入ってくれた。
3人は狂気に満ちた海老原教授を押さえつけた。
「裕樹を……児嶋君を外に……!」
「もう大丈夫ですよ! 救急車を呼びます。頑張って下さい!」
遠ざかって行く意識の中で、裕樹が「お父さん!」と叫んだ様な気がした。
その後、裕樹は逮捕され、あれが裕樹と会う最後の日になろうとは、思ってもみなかった。
ようやく釈放された日、裕樹は24才という若さでこの世を去った。
裕樹を乗せた海老原教授の車は、猛スピードで走行し、トンネル入り口に激突して大破、首都高と都内1部を渋滞に巻き込む大事故となった。
安藤が海老原教授に、裕樹を連れて心中しろ、と命令していたのだ。
海老原教授は安藤の指示通り、裕樹を道連れに、自ら命を絶った。
裕樹の死が安藤の仕業であったと知った私は、やり場のない怒りに震えた。
裕樹の死後、裕樹は私が父親だと気付いていたと、伊藤から知らされた。
裕樹は伊藤に打ち明けていた。
初めて私を図書館で見かけた時、裕樹は私を憎む気持ちで観察していたという。
息子の存在も、その息子がどんな思いで生きて来たかも知らない父親とは、どんな人物なのか、確かめに図書館に来ていたと言うのだ。
私は驚いた。
裕樹は図書館で恨みを持って私を観察していたのだ。
しかし想像していた人物とは違っていたと、もう憎んでも恨んでもいない、父親は責任を感じて資金を援助してくれている、甘えと思われるかもしれないが、父に答える為に猛勉強して立派になり、父親を喜ばせたい、と伊藤に語ったという。
裕樹がそんな事を伊藤に話していたとは、夢にも思っていなかった。
今思えば裕樹は、我が家に泊まったり、仕事場に用もなくやって来ては、大学やバイト、友達、悩み、何でも話してくれた。
私はまるで親子になれたような気がして、とても嬉しかった。
母親から、本当の父親は大学教授だ、と名前も聞かされていた裕樹は、小さい時から大学という存在に興味を持っていたという。
そしてどんな父親か知りたいという興味から、難関大学であるH大学を受験した。
裕樹が、私と出会えた事に感謝していると、ついていない人生だったが、人生に無駄はない、全てが必要な事だったんだと思えるようになった、と話していたと聞いた時には涙がこぼれた。
私は必ず安藤に復讐しようと固く心に誓った。




