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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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31-Ⅱ 峰准教授の告白【安藤の脅迫】

登場人物


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友

伊藤孝之……麻紀の亡くなった父親

伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹

黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁

峰准教授……H大学の准教授。児島の父。黒田総裁と伊藤教授の級友

青木…………児島と史子の親友

児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント

西村院長……西村病院の院長。装置の共同研究者。独特の個性を持つムードメーカ

安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。

 同僚の安藤はフロイトや、フロイトの甥、バーネイズの本や軍事心理学の本を好み、イギリスのタビストック研究所の大衆洗脳にも興味を持っていた。

 軍事マニアでもあり、頭がよく、野心家でもあったが、思いやりに欠け、見栄っ張りで自己中心的な性格から人望に欠けていた。


 私の上司、認知心理学者の海老原教授にテレビ出演の依頼があり、多忙だった教授はその役目を、まだ講師だった私に任せた。

 目立ちたがり屋の安藤は、自分にやらせて欲しいと海老原教授に懇願したが、教授は人望に欠けた彼を推薦する気はなかった。


 海老原教授は推薦どころか、女にもだらしなく素行の悪い安藤の、解雇すら考えていた。


 テレビ出演を果たした私は、以後、クイズ番組に出演するだけではなく、クイズを作ったり監修するようにもなった。

 私の出演依頼が徐々に増え、私の准教授昇進が決定すると、安藤は私と海老原教授に嫌悪感を持つようになった。

 認知化学や心理学の代表的研究者に自分の名を連ねたいと、教授になりたがっていた安藤は、准教授としての任期もあと1年に迫り、焦っていた。


 裕樹は、卒業後も時々、私に会いにH大学まで来てくれた。

 裕樹は伊藤が素晴らしい装置を開発している、時間はかかるかもしれないが、ノーベル賞ものだ、と興奮して話してくれた。

 私も友人である伊藤を尊敬していた。

 私は裕樹に、私に遠慮せず、伊藤の右腕になるよう勧めた。

 伊藤はとても裕樹を可愛がってくれた。


 安藤は常に周囲を嗅ぎまわり、私の部屋に盗聴器でも仕掛けていたのか立ち聞きか、私と裕樹の会話を盗み聞きしていた。

 そして私を脅した。

 テレビの仕事を譲らないなら隠し子の存在と、その隠し子が話していた極秘であろう研究を世間にバラしてやる、隠し子に研究をスパイさせているとマスコミに話す、と脅してきた。

 裕樹は息子だと、伊藤に電話で打ち明けていたのも、盗み聞きされていたようだった。

 安藤は裕樹の存在を脅しの材料にした。


 父親であると名乗る予定だった私は、安藤を相手にしないつもりだった。

 しかし、彼の事だ。

 裕樹に危害を加えないとも限らない。

 苦労を重ねながら必死に勉強してH大学、T大学院に入学し、もっと勉強したいと夢を膨らませている息子に、再び苦労や面倒は掛けたくなかった。


 タイミングよく、准教授に昇進して忙しくなっていた私は、海老原教授に反対されながらも安藤にテレビの仕事を一部譲った。

 すると、予想外の事が起きた。

 安藤のキャラクターや軍事心理、大衆心理学に関する知識が視聴者の興味を引きつけ、番組の視聴率を上げ、彼は一躍人気者となった。

 そして彼の野心は更に高まり、高い知名度を手に入れると、益々教授の地位を欲しがった。

 脅迫まがいな行為を平気でする安藤は、私を脅した次は、海老原教授を脅し始めた。


 自分を教授に推薦しないのなら、教授になれないのは海老原教授の嫌がらせだとテレビで吹聴する、と。

 しかし海老原教授はその脅しに乗らなかった。

 「どうぞお好きに」と答えた教授に腹を立てた安藤は、伊藤の研究を思い出した。

 安藤は装置で海老原教授を洗脳し、教授に昇進しようと考えた。

 こんなくだらない理由が、装置盗難事件の始まりだった。


 安藤は裕樹を騙して装置を盗んだ上、脅して監禁した。

 裕樹の死後から数年後、装置盗難についての詳細を、関君から聞かされた時は、はらわたが煮えくり返った。

 本気で殺してやろうと思ったくらい、安藤を憎んだ。


 裕樹は安藤の正体を知らなかった。

 最近よくテレビに出ている有名なH大学准教授という以外、何も知らなかった裕樹は、T大学院の食堂で安藤に声をかけられ驚いた。

 安藤はにこやかに嘘をついた。


 「児嶋君だね。伊藤とは友人で装置を取材する約束になっていてね。ここを訪ねたら伊藤か君に声をかけるよう言われて来たんだ」


 安藤が「装置」の存在を知っていたため、裕樹は安藤の言葉を信用した。

 そして安藤を研究室まで案内してしまった。

 「有名人だから人目を避けたい」と言う安藤を、裕樹は少し遠回りして研究室まで案内した。

 ところが、伊藤は不在だった。


 「せっかく来たのだから少し研究室を見せてもらえないか」


 そう言った安藤を断れず、裕樹は装置とアルジャーノンを安藤に見せてしまった。

 安藤は研究室内をじっくり見回すと、また改めて来ると言い、出直す事になった。

 見送ろうとする裕樹に安藤は、


 「いいよ、今日はありがとう」


と言って裕樹を部屋の奥に残したまま立ち去った。


 ドアが閉まる音がして、安藤が部屋から出て行ったものだと裕樹は思っていたが、安藤は息を殺して部屋の隅に隠れていた。

 安藤がまだ部屋の中にいるとも知らず、裕樹はアルジャーノンを小屋に戻すと、研究室をあとにした。


 裕樹はアルジャーノンを心配して頻繁に研究室に足を運んでいた。

 再び研究室に戻った裕樹は、部屋の様子に違和感を感じた。

 そしてすぐに、装置とアルジャーノン、台車が1台消えている事に気付いた。

 裕樹は、すぐにそれが安藤の仕業と分かった。

 安藤はエルメスの庭園のフレグランスを好んで使用していた。

 裕樹は、研究室の奥に微かに残る独特の香りで、犯人は安藤だと直感した。

 すると、裕樹の携帯に、非通知の着信音が鳴った。

 安藤だった。

 悪びれる様子もなく、安藤は裕樹を自分の住む高層マンションに呼び出した。

 誰かに話せばハムスターを殺す、と脅された裕樹は、1人で安藤のマンションに急ぎ向かった。


 「やあ、よく来たね。児島祐樹君。待っていたよ」


 安藤は裕樹を部屋に上げた。

 裕樹は装置とアルジャーノンを返すよう懇願した。


 「証拠もなければ目撃者もいない、装置を盗んだのは君だ。君にいい事を教えてやる。峰は君の父親だ。君が峰から金をもらってスパイしていたと言いふらそう。峰は隠し子をスパイにして伊藤教授の元へ送り込み、研究を盗もうとしていた。そう私は証言する」


 まだ裕樹に父親だと打ち明けていないのに、私は、はらわたが煮えくり返る思いだった。

 事件の全容を話してくれた関君の目の前で、こらえきれず、怒りに任せて、拳でテーブルをドンと叩いてしまった事を覚えている。

 関君によると、安藤の脅しは、さらに続いた。


 「伊藤教授は峰の親友なんだろう? T大学院の入学は裏口入学だったかもしれないぞ。私は有名人だ。人々は私の言葉に耳を傾け、間違いなく私の言うことを信じる。平和な世の中に退屈しているマスコミが父親と、伊藤教授の元に押し寄せるぞ」


 安藤は私の存在を利用し、裕樹を脅した。

 安藤は更に付け加えた。


 「私の言う通りにすればハムスターに手出しはしない。私は君の友達も知ってるぞ。史子(ふみこ)さんと青木君といったかな」


 安藤は、裕樹が逆らえば、史子さんと青木君とアルジャーノンがただじゃすまないと、遠回しに脅した。

 安藤の部屋に強引に連れ込まれた裕樹は、ある人物に会った。

 頭に装置のヘッドセットを取り付けられた海老原教授が、薬品でも飲ませられたのか、ぐったりと一人掛けソファの背にもたれかかっていた。


 「君がいないと困るんだ。来てくれて助かるよ。座ってくれ」


 装置は見よう見まねで操作できるものではない。

 安藤にコンピューターの知識はあったものの、それだけでは装置は扱えない。

 裕樹は、装置を盗んでも操作できない安藤を、幸いと思った。


 「海老原教授を私に忠実な人間にするんだ」


 海老原教授を洗脳し、意のままに操るつもりだと気付いた裕樹は、それを拒んだ。


 「できません。装置はまだ試作品の段階です。私もまだ装置の扱いには慣れていません。それにこの装置はそのような目的に使うものではありません」


 「そうか、ではハムスターをベランダから落とそうか」


 安藤はアルジャーノンを掴み取り、バルコニーに向かった。

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