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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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31-Ⅰ 峰准教授の告白【息子との再会】

登場人物紹介


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友

伊藤孝之……麻紀の亡くなった父親

伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹

黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁

峰准教授……H大学の准教授。児島の父。黒田総裁と伊藤教授の級友

青木…………児島と史子の親友

児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント

西村院長……西村病院の院長。装置の共同研究者。独特の個性を持つムードメーカ

安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。

パーカー司令官……現在の装置所有者

 裕樹から真実を聞いたあの日が、私と裕樹が会話を交わした最後の日となった。

 その後、裕樹はアイテムとなり、私を思い出す事なく、帰らぬ人となった。


 安藤と装置がA国に渡ったと分かり、私は安藤と接触しないという条件付きで、A国のR大学の講師となり、史子さんのサポート役となった。

 私はUGCとの約束など守るつもりはなかった。

 安藤を許せなかった。

 何度殺しても殺したりないくらいだ。


 パーカー司令官に孝之君が殺された後、パーカーを恐れて怯えた安藤が、青木君の家に転がり込んで来た。

 精神的に追い詰められていた安藤をさらに追い詰めてやろうと、私は安藤の前に姿を現した。

 私は、青木君のいない部屋に入るなり、無言で1人掛けソファに腰掛け、じっと安藤を睨みつけた。

 精神状態が不安定だった安藤は、幻覚か、幽霊が現れたとでも思ったのか、悲鳴を上げて、青木君の部屋から出て行った。

 その後、安藤は姿を消したが、こんな程度の復讐などで気が晴れる訳はなく、私は虚しさに、涙しただけだった。


 裕樹が逮捕された当時、真実を知る黒田の働きかけで、裕樹は助かり、安藤の逮捕は時間の問題だろうと思っていた。

 しかし、A国大統領が装置に強い興味を示し、思わぬ計画を口にしたことで、全ての歯車が狂い出した。

 皆がその狂った歯車にどんどん引き寄せられ、一緒に回転しながら年月は過ぎ、事件は大きく展開していった。


 息子、児嶋祐樹は優しい青年だった。

 私は、自分が父親だとは名乗らなかった。

 離婚した妻は浮気性だった。離婚直前に彼女の妊娠が発覚し、私は離婚を考え直すよう説得したが、彼女は説得に応じず若い男と再婚し、彼の子として裕樹を出産した。


 子どもの性別も名前も知らされず、きっと私の子どもではなかったのだと諦め、忘れようとしていた。

 ところが18年後、裕樹は、私が勤めるH大学の理工学部に入学した。

 私が裕樹と出会ったのは大学の図書館だ。

 熱心に図書館に通う裕樹の姿を、よく見かけてはいたが、お互い会話を交わす訳でもなく、ただ互いにいつも図書館にいる存在として、認識していただけだった。

 ある日、売店の前を通った時、裕樹が売店前で立ったまま、熱心に読み物をしているのに気が付いた。


 「やあ、君はこんなところでも読書をするのかい?」


 裕樹は私の声掛けに驚き、一瞬途惑った様子を見せた。


 「あ、はい。ここで友達と待ち合わせしているので、その時間つぶしに」


 「いつも図書館で会うね」


 「はい。先生は調べものですか?」


 「まあね、君は?」


 「あー、実は僕は貧乏で参考書や本が買えなくて。子どもの頃から図書館が僕の勉強部屋なんです。大学も図書館と本屋で勉強して合格したんです。図書館は何でも教えてくれるし、いるとなんだか安心します」


 「君は一人暮らし?」


 「はい。これからバイトです」


 「そうか、頑張って。また図書館で会おう」


 それから図書館で会うたびに会話を交わす様になった。

 そして裕樹が育児放棄され、施設育ちだと知った。

 育児放棄する母親などとんでもない、と僕は憤りながら裕樹の母親について話しを聞いていた。

 話を聞いているうちに、裕樹の母親が離婚した妻だと知った。

 元妻は再婚相手とも離婚し、旧姓を名乗っていた。

 児嶋は妻の旧性だ。


 裕樹は育児放棄され、小学生の時に施設に保護されたという。

 その後、母親は薬物依存症で亡くなり、裕樹はひとりぼっちとなった。

 僕は直感で、裕樹は自分の子どもだと確信した。

 顔つきや体つきを見てもそう思わずにはいられなかった。


 僕は、苦労をかけた裕樹に、何でもしてやりたかった。

 彼の夢を叶えてやりたかった。

 図書館で熱心に本を読んでいた裕樹は、数学が得意で、コンピューターサイエンスを学びたいとH大学に入学したらしいが、心理学や脳の発達にも興味があるようだった。

 小さい時からパズルや、頭を使うクイズ本などで、1人で遊ぶ事が多かった事から、頭脳開発や学習療法に興味を持ったという。

 伊藤の分野だ。


 黒田と伊藤は大学時代の友人で、卒業後はそれぞれ違う大学院に進んだ。

 私は心理学の分野に進んで、認知理学や知覚心理学を学び、大学で教鞭を取りながらいつの間にか脳科学者と呼ばれるようになっていた。

 そして、クイズ番組に出演したりクイズを作ったりするようになっていた。


 伊藤は大学院で医療機器の研究開発に取り組んでいた。

 当時まだ「痴呆」と呼ばれていた「認知症」の研究・治療に積極的だった西村病院に、認知症の母親を通院させたのがきっかけで、伊藤は「認知症」の研究に興味を持った。

 西村病院の御曹司である西村は、認知症治療の第一人者であり、研究者世界トップ100にも選ばれてる。

 その西村も大学時代からの友人で、彼は僕達とは比べもにならない、大金持ちの坊ちゃんだったが、西村を含め、なぜか僕ら4人はとても気が合っていた。


 ある日、裕樹が図書館で伊藤の著書を読んでいた。

 脳や心の発達についての本だった。

 私は裕樹に、T大学なら君のやりたい研究ができる、とT大学院の受験を勧めた。

 T大学は伊藤のいる大学だ。

 伊藤なら安心して息子を任せられる。

 伊藤が友人である事は伏せたまま、裕樹に進学を勧めてみた。

 裕樹はT大学院について調べ始め、自分が好んで読んでいた本の著者である伊藤がいると知ると、進学に興味を持った。


 しかしお金がないからと進学せずに就職したいと言い出した。

 それでも私は裕樹に受験を勧め、半ば強引に資金援助を申し出た。

 なかなか「うん」と言わない裕樹に、遠慮するな、と、将来は私の右腕となってもらい倍返ししてもらう、それまで私も頑張って教授になるから君も一緒に頑張ろう、と言うと、裕樹は嬉しそうに承諾してくれた。


 私は、裕樹が大学院を卒業してから、父親だと名乗ろう、それまで見守ろうと決心した。


 裕樹は伊藤の研究室を訪問し、伊藤の著書を好んで読んでいる事、脳や心の発達、そして頭脳開発や学習療法に興味がある事を緊張しながらアピールし、T大学院入学希望を強く伝え、受験に臨んだ。

 裕樹の目には、伊藤はかなり厳格な人物に見えたようで、口から心臓が飛び出しそうなくらいに緊張したようだ。

 それでも、憧れの著者に会えた事を喜び、伊藤と交わした会話や印象を興奮した様子で報告してくれた。


 裕樹は十分に合格できる学力と知識を備えていると信じ、伊藤には何も連絡しなかった。

 裕樹は見事合格し、伊藤の研究室に配属が決まった。

 裕樹は嬉しそうに合格の連絡をくれた。

 その翌日、報告とお礼に会いたいと言われ、部屋で裕樹を待っている間、私は伊藤に裕樹の合格を伝えた。


 「息子が君の研究室に配属されたよ」


 伊藤はかなり驚いた様子だった。

 伊藤の研究室を訪問した裕樹を、伊藤は試すように面談したが、話しているうちに裕樹が気に入ったと言う。

 伊藤の方が、裕樹を待ち望んでいたと言ってくれた。


 「君の息子だからと言って特別扱いはしないぞ」


といいながらも裕樹が研究室の1員となった事を喜んでくれた。


 裕樹が会いに来る事を伝えると、茶目っ気の強い伊藤は、裕樹より先にH大学の私の研究室にやって来て、私は、伊藤と2人で裕樹を出迎えた。

 驚く裕樹に、私の友人だと言って伊藤を紹介すると、裕樹は「なぜ教えてくれなかったのか」と怒りながらも、とても嬉しそうな表情をみせた。

 厳格な大先生のはずの伊藤が、茶目っ気たっぷりで裕樹を部屋に迎えると、裕樹は押さえきれずに声をだして笑っていた。

 印象とはまるで別人で、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべて語りかける伊藤に、裕樹は面喰いながらも、楽しそうに応じていた。


 そして裕樹は伊藤の研究室で充実した毎日を送っていたはずだった。


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