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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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24-Ⅻ 史子叔母さんの告白【洗脳】

登場人物


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

伊藤史子……麻紀の叔母。麻紀の父親の妹

伊藤孝之……麻紀の亡くなった父親

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者

峰准教授……元H大学准教授。児島の父

青木…………児島と史子の親友

児嶋…………伊藤教授のアシスタント

海老原教授……H大学教授で峰の上司

安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人

パーカー司令官……現在の装置所有者

関・石塚・竹本……アイテムと思われる大学生

 「これからのこと?」


 峰准教授が眉をひそめた。


 「そうだ。実は新たな試みがあり、協力をお願いしたくて、君達と関君を引き合わせたんだ」


 「新たな試み?」


 青木君がそう言うと、関君は私達の顔を見回し、言った。


 「私達とアイテム兵士は、敵と戦うだけではなく、紛争地域で置き去りにされた人々の、暮らしを整える活動をしています。その活動が少しずつ軌道に乗り始め、近々、戦争で荒れ果てた土地の本格的な整備に着手します。これが戦争に加担した、私達の責任の取り方です」


 「戦争に加担した、私達の責任の取り方……ですって?」


 私は瞬きした。

 出窓に寄りかかり、腕を組んで話を聞いていた峰准教授が身を乗り出した。


「何が始まろうとしているんだ?」


 関君は続けた。


 「元々大統領は、兵士を洗脳するのではなく、敵を洗脳しようと考えていました。しかし実際にそれは難しく、結局、敵を洗脳するにも敵を捕らえるにも強い兵士が必要でした。アイテム兵士たちは、全てを理解したうえで、志願してアイテムになってくれたのです」


 「何ですって? 彼らは分かってて自らアイテムになったっていうの?」


 「そうです」


 私の驚きをよそに、関君はさらに話を続けた。


 「敵を装置にかけるのは難しい。そこで、まずは敵を洗脳する前に、テロ組織や人身売買組織を壊滅状態に追い詰め、彼らを捕える事を優先してきました。その活動と結果はご承知の通りです。しかし今後は戦争を離れ、壊滅状態に陥った地域の復興事業に活動をシフトしていきたいと考えています。これは大統領の希望でもあります」


 大統領がソファの背もたれから大きな体を起こし、言った。


 「そうなんだ。かつてA国は復興活動で失敗をしている。戦争は終結したものの、復興活動が上手くいかず、軍に反発する者や武装勢力の存在もあり、かえって治安は悪化していった。そこで今回は優秀な頭脳と技術を持つ、アイテムである関君や兵士の力を借りて、復興事業計画を推し進めているところだ」


 大統領がそう言うと、関君は峰准教授に視線を向け言った。


 「児島さんと私の関係については今は割愛しますが、私は児嶋さんと「平和」について話した事があります。平和に必要なのは「戦争」ではなく「教育」ではないかと。児嶋さんの洗脳計画書にあるように、人々に知識と技術さえあれば豊かな国がつくれるのだと。平和には戦争ではなく「教育」が必要なのです」


 石塚君が真剣な眼差しで、私達を交互に見ながら言った。


 「不幸な事に、紛争地域の子供達が受ける教育と言えば、銃の扱い方や戦い方です。本来なら教養や道徳教育で、豊かな心を育んでやらなければならない。ところが、伝えなけれならない大人達がそれを知らない。親たち大人が国の発展や平和の為に知恵を絞ぼる術を知らないのです。生きる為には戦って奪う方法しか、選択肢がないのです。彼らを戦争から切り離す為には、彼らの意識を変えてやらなければなりません。争いにてている労力を、国の発展にてるよう仕向けるのです。我々が彼らを先導し、皆で、荒れ果てた土地を、美しい花や作物に満ちた豊かな土地に変えていくのです」


 峰准教授が、途惑った様子で言った。


 「人々の意識を変える? 装置を一般市民にも使うつもりか? 犯罪者の更生に使用するならともかく、一般市民に使用するなんて、だめだ! 大問題になるぞ!」


 関君は立ち上がると峰准教授に歩み寄り、出窓のブラインドを開けて、窓の外にいる学生たちに視線を向けて言った。


 「私達が日本で普段何気にしていた「普通」の生活を、世界中の人々が営む事ができれば、戦争など必要ないはずです。装置は世界を変えます。あらゆる知識を持ったアイテムが、人々を導き、豊かで平和な世界に変えていくのです。地球がいつまでも美しく豊かな星であり続ける為にも、人々を教育する必要があるのです。大衆洗脳だと非難を浴びるでしょう。しかし、いつまでも戦争が続き、地球が荒れ果てるよりは、ずっといい。私達はアイテム達に寄り添い、彼らを導きたいと考えています」


 私も立ち上がり、大統領と黒田総理に向かって言った。


 「市民を装置にかけるなんて……本気なの!? その為に、父に、新型の装置の開発を依頼したというの? 父はそれを承知しているの?」


 「ああ。すべて承知の上だ」


 黒田総理は私をまっすぐ見て言った。

 私は絶句した。

 しばし沈黙が流れ、竹本君が口を開いた。


 「パーカー司令官は、あらゆる戦争戦術や戦争知識をアイテムに望みました。しかし僕達は、戦争の先に残される課題「復興」を念頭に、アイテムにインフラ整備に関する、様々な知識や技術も盛り込みました。それは大統領からの指示でもあり、最初から決まっていた事でした。兵士達は今後、敵や市民を導きながら国づくりを手伝います」


 「なんですって!?」


 インフラ整備に関する、様々な知識や技術……兵士たちは全て知った上で、アイテムになったというのか。

 最初から決まっていた事……戦争後の先の事まで読んで、黒田総理と大統領はシナリオを描いていたというのか。

 私は驚きを隠せなかった。


 石塚君が続けた。


 「アイテム兵士の存在目的は戦争する事ではないのです。彼らの中には心が病んだ者もいました。生まれ変わりたいと志願した者もいました。彼らは戦争で勝利する事に喜びを感じるのではなく、人々を助け、人々と共に楽しみ、幸福感を共有できた時に、喜びを感じるよう、プログラミングされているのです。大切なのはアイテムも敵も幸福である事です。「大衆洗脳」と言われますが、僕はある意味、これは治療や教育でもあると思っています」


 窓の外を向いていた峰准教授は、振り向いて言った。


 「君達はその洗脳計画に私達を協力させる為にここへ来たのか」


 「そういう事だ」


 黒田総理が静かに答えた。

 私は迷った。


 「治療といえば聞こえはいいけど……どうなのかしら。確かに、紛争地域の子供達は、銃の扱い方など戦争教育ばかりで、道徳や教養など知らず、偏った教育の中で育ち大人になる。そんな彼らの意識改革はかなり難しいと確かに思う。だからって彼らを装置にかけて、考え方を変えさせるというのは、それは、いい事なのかしら……」


 石塚君が続けた。


 「非難は覚悟の上です。戦争はきりがないのです。僕達はそれを目の当たりにしてきました。人々の意識を変え教育する事が、戦争を終結させる最善の策だと思っています。実はこの作戦は、既に第一歩を踏み出そうとしています。ですがまだまだ問題は山積しています。僕らに皆さんのお知恵とお力を貸していただきたいのです」



 私の固い頭では、治療か洗脳かと問われれば、洗脳になってしまい、しかし意識改革によって人々の幸福度が180度変わるのも想像できた。

 それが、良い事なのか悪い事なのか、結論が出せないまま、その日は解散となった。


 戦争はきりがない……か。


 私は心の中で呟いた。

 アイテム兵士は無駄な殺しをしないという。

 敵が生き残っていれば、あの手この手の報復も後を絶たないだろう。

 関君達は堪えない報復、終わりのない戦争に頭を悩ませ、この結論に至ったのだ。


 私は悩んだ結果、関君についていく事にした。


 我々はこれまでの「破壊」「救出」を中心とした戦いを第1ステージとし、今後は戦争から距離を置き、敵や市民を装置にかけて「洗脳(教育)」する第2ステージへと戦いを移す事になった。

 これまでの歴史にも、宗教やメディアを利用して、人々の感情を揺さぶったり、強制的に思想を押し付けて、人々を動かすやり方は存在した。

 しかし第2ステージの戦いは、それとは違う。

 感情に揺さぶりをかけたりするのではなく、確実な方法で人々を操る。


 我々が人々をコントロールするのだ。


 具体的には、テロリストや犯罪組織のリーダーや、組織に大きな影響を与える、カリスマ的な存在である者達を装置で洗脳してこちらの味方に付け、人格まで変えてしまう。

 彼らは、我々にコントロールされながら、組織を導き教育していく。


 これまでにない新しい戦争、洗脳戦術だ。


 本当なら、装置に頼らず出来るのがいいが、人の心を動かす、変えるというのはとても難しい。

 アルバート・アインシュタインも


 「人間の邪悪な心を変えるよりはプルトニウムの性質を変える方が易しい」


と言っている。

 我々が装置にかける人々は、まともな教育を受けられずに、何も分からない未熟な小学生のまま、大人になってしまった人々だ。

 そんな彼らを装置で生まれ変わらせ、世の中を秩序ある社会に変えていく。

 銃の扱い方などではなく知識や教養を教え、それを次の世代にも伝えていくよう教育する。


 もちろん、装置の手を借りずとも改心の可能性のある者は、装置を介せずに教育する。

 これからは敵を力で抑えるのではなく、「洗脳(教育)」で敵を抑え、我々がコントロールしていく。


 装置を取り返す為、そして復讐の為にA国にやって来たはずの私は、こうして戦争に加担する事になった。

 気持ちは複雑だったが、第2ステージの成功を私は心から祈っていた。

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