24-Ⅸ 史子叔母さんの告白【集結】
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
伊藤史子……麻紀の叔母。麻紀の父親の妹
伊藤孝之……麻紀の亡くなった父親
伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者
峰准教授……元H大学准教授。児島の父
青木…………児島と史子の親友
児嶋…………伊藤教授のアシスタント
海老原教授……H大学教授で峰の上司
安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人
パーカー司令官……現在の装置所有者
関・石塚・竹本……アイテムと思われる大学生
ようやく仕事から解放されて帰国した私は、約束の当日、峰准教授と青木君と一緒に、R大学構内のベンチに腰をかけて3人を待った。
緑豊かな、広い庭園に立ち並ぶ木々の下にあるベンチで、私は、若干緊張しながら、彼らを待っていた。
「彼らが来たよ」
峰准教授がそう言って指差す方向を見ると、キャンパスを歩く学生たちに紛れて、3人の姿が見えた。
笑顔で近づいて来る3人の姿は、他の学生達と変わりなく、キャンパス内の風景に溶け込んでいた。
私達は立ち上がって3人を迎えた。
峰准教授と青木君は、改めて彼らと握手を交わし、初対面だった私は、手紙と携帯のお礼を述べ、固く握手を交わした。
そして、アイテムにされてしまった事を、心から詫びた。
誰が見ても、先生と生徒が会話している様にしか、見えなかっただろう。
ここにいる3人の若者が、プログラミンされた人間、アイテムである事など、誰も知らないのだ。
父が作った装置が戦争の道具となり、プログラミングされた兵士たちが、ゲームの駒のようにコントロールされている現状を、ここにいる誰が想像できただろう。
数年の間に、児嶋君、海老原教授、そして兄、3人もの命を失った。
その裏に、2国のトップが関わっている事など、誰も知らない。
大学の美しい緑と、学生たちを眺めていると、この重大な事件を誰も知らないという事が、とても不思議に思えてきた。
峰准教授は率直に彼らに言った。
「私達はずっと君達に会いたいと思っていた。本来なら君達を自由にし、君達の奪われた青春を取り戻してやるべきなのだろう。だが君達が持っている情報が必要なんだ。君達に情報を提供させたり、危険な事はさせたくないのだが、情報を手に入れる環境が欲しい、というのが正直なところで」
分かっています、と石塚君が峰准教授の言葉を遮った。
「お父さんのおっしゃりたい事は分かります。僕達は逃げたいとか、アイテムであることが辛いという気持ちはありません。僕達は皆さんの力になりたいと思っています。僕達はその為に、今日ここに来ました」
「すまない。君達を巻き込んでしまって。本当にすまない」
峰准教授が顔を歪め頭を下げると、竹本君が続けた。
「いいんです。僕達は自分達がアイテムだという事を自覚しています。装置は戦争の道具となり、すでに、僕達以外にもアイテムが存在しています。アイテムである僕らが、アイテム兵士を危険から守り、そして殺人アイテムとならないよう導かなければならないと思っています」
「殺人アイテム・・・」
峰准教授がつぶやくと竹本君がさらに続けた。
「安藤とパーカーは、強く賢い優秀な兵士を生み出すと、彼らを紛争地域に送り込みました。パーカーによるゲーム感覚的な戦術によって、何人もの兵士が犠牲になりました。安藤とパーカーはお構いなしにアイテムを生み出し、戦場に送り出し、まるでゲームを楽しむかのようにあらゆる戦術を試しています」
石塚君が私達にベンチを勧め、私達が座ると話を続けた。
「我々はそれを黙って見ていられなくなった。そこで我々は緻密に作戦を練りました。パーカーの戦術を行使しながら、我々とアイテム兵士たちで知恵を絞り、味方、敵、両方の犠牲者を最小限に抑える戦術にすり替えてきました。結果、素晴らしい能力を持った彼らの活躍のおかげで、作戦は上手く運んでいます。先日はテロ組織や人身売買組織を壊滅状態に追い詰め、敵を殺さず、捕える事に成功しました。これは無血戦争を願う大統領の案でもあります。黒田総理と伊藤教授もすべて承知しています」
「なんですって?」
私は耳を疑った。
父については、ある程度、友人である黒田総理から事件の経過は報告されているものの、UGCという組織の詳細や、装置が戦争の道具となっている事、関君達アイテムの存在など、具体的な情報は伝えられていないとばかり思っていた。
もちろん、私の活動も父は知らない。
それは黒田総理との約束でもある。
私は幸せな結婚をして、A国にいることになっている。
父はUGCという存在を知ってはいるが、UGCの真の正体については知らないはずだ。
新型装置の開発を父に依頼したと、黒田総理から聞いてはいたが、事件の詳細を伏せたまま、今後の日本の医療の発展の為などと言って依頼したものだと想像していた。
父は政府からの依頼として、新型装置の開発をしていたのではなかったのか。
しかし、父が、装置がパーカーの手にあると知っているという事は、UGCの存在も、由美の正体も、兄の死の真相も、そして、私がここでこうして入る事も、父は全て知っているという事になる。
総裁と父は親友だ。
実は、何もかも全て知っているのではないかと、ちらと思った事もあったが、実際にそうだと分かると驚くと同時に、父の辛い気持ちが手に取るように分かり、私の気持ちは重かった。
関君は話を続けた。
「今後は連邦捜査局も協力してくれます。その件について今日は大統領と総理もいらっしゃいます。ほら、お見えになりました」
公園を散歩するかのような、カジュアルな恰好の黒田総理と、まるで清掃業者のような出で立ちに、黒縁メガネをかけた、ケリー大統領が現れた。
青木君が驚きの声で言った。
「まさか黒田総理と大統領?」
驚く私達に、満足げに大統領と黒田総理が言った。
「どうだ、誰も我々に気付かなかっただろう?」
「大統領、どうみても清掃員だ! 君達も気付かなかっただろう? シークレットサービスさえ気付かなかったらしいぞ!」
「はあ」
私と峰准教授は呆れ顔をした。
「お、おはようございます」
どう取り繕っていいのか分からない様子で、2人に挨拶をする青木君を、関君達はくすくす笑った。
「黒田、とりあえず私の部屋へ行こう。ここじゃまずい」
まるで仮装を楽しんでいるかのような2人をよそに、峰准教授が厳しい表情で言った。
皆が峰准教授の後を歩き出した。
私達は周りを警戒しながら、建物の中に入り、階段を上った。
「シークレットサービスはどうしてるんです?」
私が半ばあきれ気味に聞くと、大統領は階段の踊り場で、窓の外を指差して言った。
「彼らも今日は清掃業者さ。車も、ほれ、あれだ」
大統領が指差す方向を見てみると、構内の駐車場に清掃業者用のバンが停車し、そのそばには清掃員の恰好をしているシークレットサービスの姿があった。
清掃員とは思えない、整った姿勢と鍛えられた体つきの男達が、こちらをじっと見ている。
大学講師から准教授となった峰准教授の部屋は2階にある。
8人が入るには少し狭いが、部屋の奥にある大きな出窓から差し込む光で室内は明るく、窓の外には先程のベンチや広場が、木々の隙間から見渡せた。
空の青と、木々の美しい緑のコントラストが、まるで部屋にかかった絵画のようだ。
出窓の傍にあるデスクの上には、沢山の本が乱雑に置かれていた。
部屋の中央には応接セットがあり、来客用テーブルを黒い一人掛けソファ4脚が囲っていた。
峰准教授はひとまず大統領をソファに促すと、出窓のブラインドカーテンをスルスルと下ろした。
総裁は大統領の隣に腰をおろし
「君達も座りなさい」
と、近くにいた関君と竹本君にソファを勧めた。
青木君は手慣れた様子で、部屋の隅に置いてあった折り畳みのパイプ椅子を取り出し、石塚君と私に勧めた。
青木君は近くの棚の上にある本をどかして軽く腰掛け、峰准教授はドアのカギを閉めると、立ったまま話しを始めた。
「まさか黒田と大統領までお見えになるとは。ちょうどいい、あなた方に聞きたい事がある」
少し厳しい表情で話す峰准教授の言葉に、大統領と総裁は、そのつもりで来たのだ、という顔で頷いた。
彼らはとうとう、真相を打明けた。




