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私はアイテム  作者: 月井じゅん
24/105

24-Ⅰ 史子叔母さんの告白【驚きと疑問】

登場人物紹介


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

伊藤由美……麻紀の母親。UGC職。

伊藤史子……麻紀の叔母。麻紀の父親の妹

福山………………由美の同僚

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者

児島………………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント

 私と児嶋君はH大学の同級生だった。

 児嶋君は亡くなる前、親友の青木君に手紙を残した。

 事件の真相と、これから起こりうる事を、伝えるために。


 その手紙が全てを教えてくれた。


 その手紙を読むまで私達は、大学卒業後の児嶋君について何も知らなかった。

 卒業後、私と児嶋君は就職した――

 はずだった。


 児嶋君は、就職が決まったと言っていたが、実際はT大学院に進学していた。


 児嶋君は両親を早くに亡くして奨学金で大学に進学した。

 母子家庭の青木君は、経済的に苦しく、高校卒業後は大学進学を選ばずに働く事を選んだ。

 親友だった2人は、違った形でH大学にやってきた。

 青木君は、昼は、大学生気分を味わいながらH大学の売店で、夜は、児嶋君と居酒屋でアルバイトをしていた。

 売店でアルバイトを始めた私は、彼らと出会い、親しくなった。


 大学を卒業し、皆バラバラになってから数か月後、我が家に警備がついた。

 父の研究が盗まれたからだ。

 その警備に、由美と福山さんがいた。

 由美と福山さんは、警視庁警備部に所属しているとの事だった。

 そのころ私は、児嶋君の事件も、児嶋君が父の教え子である事も知らなかった。


 卒業して1年程経った3月、児嶋君が事故死したとニュースを聞き、驚いた私と青木君は、遺体が安置されている警察署に駆け付けた。

 すると、同様に警察署に駆け込んで来た人物がいた。

 その人物は倒れ込むように警察署に入ると、受付で息切れ切れに


「息子が……、息子は……息子はどこに……!」


と訴えた。

 H大学の峰准教授だった。

 言葉を上手く発する事ができないほど、峰准教授は動揺していた。

 動揺する彼の代わりに、青木君が受付に声をかけた。

 峰准教授は私達を見て言った。


 「青木君と史子(ふみこ)さん……か?」


 初対面にも関わらず、彼は私達の名前を口にした。

 私達は遺体安置所に案内され、遺体となった児嶋君と対面した。

 峰准教授は、変わり果てた姿となった児嶋君を見て、泣き崩れた。


 彼は児嶋君の実の父親だった。


 私達はこの日はじめて児嶋君の父親が生きていた事、そばで児嶋君をずっと見守っていた事を知った。

 私達は児嶋君に別れの挨拶をしたいと申し出、児嶋君の遺体と一緒に、峰准教授の自宅へ向かった。

 峰准教授は、警察から紹介された、葬儀社の遺体搬送用寝台車に、児嶋君の遺体が入った杉の(ひつぎ)を乗せ、葬儀社の従業員達と同乗して、自宅へ向かった。

 私達はタクシーを呼んで、児嶋君を乗せた寝台車を追走した。


 峰准教授の自宅に向かう途中で、タクシーの後をつけてくる、白いワゴン車に気付いた。

 由美達が警護しているのだと思った。

 峰准教授の住むマンションに到着し、タクシーを降りた私は、峰准教授に、家族が警視庁に警護されている事、たった今も白いワゴン車につけられていた事を話した。

 すると峰准教授は驚いた。

 峰准教授と父は級友だというのだ。

 準教授は父の研究、装置の存在についても知っていた。

 そして私は、この時初めて、児嶋君が峰准教授の勧めで、父のいるT大学院に進学していた事、父の研究に児嶋君が関わっていた事、児嶋君が装置盗難の容疑として逮捕されていた事を知った。


 容疑者、逮捕、その言葉が、私と青木君に、衝撃を与えた。


 皆、無口のまま、マンションのエレベータに乗り込み、峰准教授の部屋に到着すると、准教授は葬儀社をベッドルームまで案内した。

 葬儀社は手際よく、持参したシーツをベッドに敷くと、児嶋君を静かに寝かせた。

 ベッドの上で目を閉じたまま動かない児嶋君の姿を見ながら、峰准教授は語り始めた。


 「大学で、裕樹が私の仕事を手伝ってくれた事があるんだ。その日は終電を逃してしまい、私は裕樹をこの部屋に泊めた。私はソファーで寝るから君はここで寝なさいと、このベッドを勧め、ベッドメイクし始めると、裕樹は、まるで過保護な親みたいだ、と言って私を笑った……私はまだ父親だと名乗っていない――なのに裕樹は逝ってしまった」


 峰准教授は涙した。

 傷だらけの児嶋君が、白い着物をまとい、葬儀社の従業員によって、丁寧に清拭(せいしき)など死後のケアが施される姿を、私達はただじっと見つめていた。

 その間、峰准教授は、何か深く考え込んでいる様に見えた。

 ベッドサイドにあるナイトテーブルに枕飾りが整い、葬儀社が葬儀までの打ち合わせをしたい、と言うと、峰准教授は後で連絡すると言って丁重に断った。

 遺体搬送代や(ひつぎ)代、枕飾り代等かかった費用の支払いをその場で済ませると、葬儀社を引き揚げさせた。

 葬儀社が部屋から出ていくと、峰准教授はカーテンの隙間から、彼らの様子を伺った。

 そして携帯を取り出すと、警視庁に電話をし、由美と福山さんの存在を確認した。


 警視庁にそんな人物はいなかった。


 私は驚愕した。

 峰准教授は、児嶋君の死に、疑問を感じていた。

 峰准教授によると、装置盗難の主犯として峰准教授の上司である、海老原教授が先に逮捕されたていたという。

 海老原教授は児嶋君を共犯だと証言し、児嶋君は自ら出頭、逮捕された。

 その後、装置盗難の被害届を出していた父が、被害届を取り下げ、また、海老原教授の精神状態が正常ではない可能性や、十分な証拠を得られなかった事などから、2人は処分保留で釈放された。


 釈放直後、児嶋君は命を落とした。


 警察の説明によると、児嶋君は釈放後、先に釈放されていた海老原教授を訪ね、彼が運転する車に同乗し、事故死したという。

 事故車両から、装置の残骸が発見されたことから、それが証拠となって2人は起訴となり、死亡のまま書類送検されるだろう、と警察署で説明を受けた。 

 事件を知らなかった私と青木君は、警察署で警察の説明を聞いても、状況をまったく把握できなかった。

 峰准教授は、警察の説明に納得がいかない様子で、他に真犯人がいるからもっと調べて欲しいと、訴えた。

 しかし警察は耳を貸さず、一方的に見解を述べるだけだった。

 峰准教授は憤った。

 運転していた海老原教授の体調や精神状態、最近の様子はどうだったのか、車に細工がなかったか、警察は調査をしようともせず、単なる不注意による事故死と決めつけている、と。


 私から見ても、警察は積極的に捜査しようという姿勢ではなかった。

 それどころか、峰准教授の身元を確認した警察は、遺体の引き取り手がいた事に安堵した様子で、すぐさま児嶋君の遺体は峰准教授に引き渡された。

 警察は児嶋君を犯人と決めつけ、事件の幕を下ろしたようだった。

 納得がいかない峰准教授は、不満を漏らしながら、児嶋君の亡くなったタイミングについても


 「不自然だと思わないか?」


と私達に問いかけた。


 「釈放直後に、恩師である伊藤教授か、私を訪ねるならまだしも、H大学在学中はほとんど交流もなく恩師でもない海老原教授を訊ねるなど、おかしいと思わないか? 釈放直後に2人がそろって死に、行方不明だった装置が車内から発見されるなど、話しが出来過ぎてやいないか?」


 語気を強める峰准教授に、私達は瞬きした。

 確かに、恩師でもない海老原教授の犯罪の手助けをしたり、釈放後、心配をかけた恩師や、親友の私達に連絡をしない児嶋君の行動は、理解しがたい。

 また峰准教授は、私が未だに警護されているのも不自然だと言った。

 こんなところまで、車で追走してまで警護が必要なのか、容疑者2人が逮捕されたのなら、警護する必要はないはずだ、と言った。

 確かにその通りだ。


 それにしても、由美と福山さんが警視庁の人間ではないとするといったい何者なのか、私には2人の存在が最も疑問だった。

※作中にアガサ・クリスティの著作名が紛れ込んでいます(全部分ではありませんが、著作名がある部分にはあとがきで説明を加えています)。


【杉の柩】

ポアロシリーズですが、ポアロは第2部から登場します。

タイトルは登場人物が引用したシェイクスピア「十二夜」の『わが身を杉の棺に横たえよ』という絶望的な恋の歌の中の「杉の棺」から付いたようです。推理小説でもあり恋愛小説のでもあります。手の込んだ殺人事件で意外性もあり面白いです。「嘘」を考えさせられる作品です。中学生の時に読んだ時はよく分かりませんでしたが、大人になってから再読してみると発見が多く楽しめました。


【カーテン】

ポアロシリーズでポアロ最後の事件です。

舞台は一作目と同じスタイルズ荘で、それだけでも驚きでしたが、衝撃の驚きが待っています。

自分の手は汚さず殺人を犯していく驚きの展開で、悲しく切なくもあります。

まさに人生の幕引き、カーテンは何度も何度も読んだ一作で、おすすめ作品です。

(24-Ⅸ 史子叔母さんの告白【集結】、26-Ⅱ 青木の告白【手紙】(2か所)、37.再会、39-Ⅴ 中山加奈子の告白【ダニエル】の作中にもあり、あと5回「カーテン」が出てきます)



次は 24-Ⅺ 史子叔母さんの告白【英雄】 に1作品隠れています。

是非探してみて下さい。

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