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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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57.偽りの訓練

登場人物


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味

菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ

志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格

福山…………由美の同僚

伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友

伊藤節子……麻紀の祖母。実はUGCの職員で時々スパイもする

伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹

黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁

西村院長……西村病院の院長。装置の共同研究者。独特の個性を持つムードメーカー

アルジャーノン…装置の動物実験で特別な能力を持つ児島の白いハムスター

斉藤さん……トラ。伊藤家のペット

ちーちゃん……猫。伊藤家のペット

 「福山君! 振り落とすんだ!」


 福山さんはバスを蛇行させ、ピーターを振り落とそうとしたが、ピーターの異常な腕力はそれに耐えぬいた。


 「本部、道を封鎖してくれ! ピーターを地上に逃がす訳にはいかない。福山君、バスを止めるんだ!」


 「ええ!? 私達どうなるの?」


 千佳が怯えた声で言った。

 バスが止まると、前方から分厚いコンクリートの壁がドシャーンと閉まる音がし、トンネルが封鎖されたのが分かった。

 後方も同様に塞がれ、私達は閉じ込められてしまった。

 トンネルは侵入に備えて各所で封鎖できる様になっているようだ。

 さすがの薫も不安そうに外を見ている。

 ピーターは私達が素手で戦えるような相手ではない。

 いったいどうするつもりだろう。


 「このバスは特注なんだ。防弾に耐弾加工、特殊加工が色々してある。大統領だって安心して乗せられる。食料も積んである」


 そう言って院長が運転席にあるボタンを押すと、天井から酸素マスクが降りてきた。


 「何、これ?」


 薫が眉を寄せて言うと院長が言った。


 「酸素マスクだよ。とりあえずそれつけて。こうだよ、こう!」


 院長の真似をして酸素マスクを取り付けながら、私達は益々不安に陥った。

 UGCは何でもやるところだ。

 いったいどうなるのだろう。

 私はちらとピーターを見た。

 少し疲れが見て取れる。

 すり傷だらけのピーターは足を引きずりながら、不自然な歩き方でバスの前方に移動しドアを引っ張り始めた。

 私にはそれがとても哀れに見え、悲しい気持ちになった。

 すると福山さんが言った。


 「装置は奪えず、ヘリは落下。やはりピーターはターゲットを装置から麻紀ちゃんに変えたんだろう。アイテムは伊藤教授とその家族を拉致するよう命令を受けていた。アイテムは忠実だ」


 「準備が整った。みんな酸素マスクを外すんじゃないぞ! 空気が薄くなるからな!」


 院長の言葉に、思わず私は訊ねた。


 「空気が薄く? 何が始まるの? ピーターはどうなるの?」


 「ピーターが倒れるまでトンネル内の空気を抜くんだ」


 「やめて! そんなことしたら可哀そう! ピーターを殺さないで!」


 院長が当惑すると祖父が答えた。


 「ピーターは殺さないよ。気を失うのを待つだけさ。ピーターを確保したら治療して元に戻す予定だ。じいが責任もって治療する」


 「……分かった」


 私は見てられなくて両目をつぶって耳を塞いだ。


 「ようし、やってくれ!」


 院長がそう言うと、ゴゴゴゴゴと大きな換気扇でも回しているような音がし始めた。

 ピーターが呻き苦しみ、よろよろとバスから降りて倒れる音が聞こえた。

 聞きたくないのに、目をつぶった私の脳に、ピーターが苦しむ姿がリアルに描き出され、私は耳を強く押さえ背中をぎゅっと丸めた。


 目をあけると母が隣にしゃがみ込み心配そうに私を覗き込んでいた。

 様々な事がよみがえり、私は無意識に泣いていた。

 母は私の頭をくしゃくしゃと撫でながら「ごめんね」とひとこと言った。


 「さあみんな、もうなんの心配もいらないよ。見てごらん」


 院長がバスの前方を指さすと、塞がれていたトンネルが開き、数台の黒いワゴン車のライトがまぶしくこちらを照らすと、武装したUGCの職員たちがバタバタと駆けて来た。

 院長が言った。


 「ピーターは命令に従うしか頭にないんだ。おそらく、劣化した装置と人体実験の副作用で感情にも欠けているんだ。伊藤と僕とで責任もって彼を治療して元に戻すよ。約束する」


 有言実行。

 めずらしく真剣な眼差しを向けて言った西村先生の言葉は、絶対的に聞こえた。

 実はこの人はすごい人なんじゃないかと、この日私は、西村先生の真の姿を見たような気がした。


 ピーターだって本当は、純粋な青年だったのかもしれない。

 人々を悪から救い人々の役に立ちたいと、警察という職業を選んだのかもしれない。

 それを身勝手な者のせいで彼は分別をなくし、このような馬鹿げた仕事をさせられた。

 力無くぐったりと倒れたピーターが運び出される様子を見ながら、私は彼に同情せずにはいられなかった。


 「ところで、西村院長はエレベーターに男を閉じ込めたり、突然現れたり、いったい何をなさっていたんですか?」


 本部へ向かうバスの中で、千佳が訊ねた。


 「あの建物には非常口があるだろう? あれは火災などで使用する通常の非常口で、実は他にも秘密の非常口が設けてある」


 「秘密の非常口?」


 「そう。誰も知らない秘密の逃走ルートさ。非常口なんて火災の時以外なんの役にも立たないと思ったんだ。それで誰にも内緒で秘密の逃走ルートを作っておいたんだ。それを試してた。節子さんと斉藤さんとちーちゃんもそこから避難させたんだ。麻紀ちゃんが捕まった時もだ」


 「西村院長しか知らなかったら院長以外、誰も逃げられないじゃないですか」


 福山さんが運転しながら言った。


 「そこだよ、僕は今日忍び込んでみて思ったんだ。逃走ルートの出来は完璧だった。だけどどう運用するかだ。敵にバレたら逆に知らぬ間に侵入され、本部の存在も知られてしまう。危険だ。うーん」


 「おいおい……」


 福山さんが呆れて唸った。

 すると薫がフォローした。


 「まあ今日は上手く使えたんだし、便利そうでいいと思うけど。西村院長とUGCの人間だけ知っていればいいんじゃないですか? それより屋上からバスで避難なんて、誰もそんな逃走ルートを考え付かないと思う。すごいアイデア」


 院長が満面の笑みを浮かべて言った。


 「そうだろう? もしもの時、屋上から非難ができないかと試行錯誤して完成したのがあれなんだ。いい案だったろ?」


 「うん、バスなら沢山のお年寄を安全に運べるね」


 私も西村先生の案には脱帽だ。


 「座席を収納して車いす乗車も可能なんだ。しかも水陸両用だ。今後は数台増やして、ヘリも置く予定だ」


 「なんだか西村院長がUGC以上の存在に見えてきたわ」


 千佳はそう言ってから、ひとこと付け加えた。


 「だけど、あのスピード感はやばい。お年寄りには危険だわ」


 「あれは最速設定だったんだ。お年寄りには低速設定にすれば問題ない。正直僕もあのスピードには驚いたよ。しかし避難訓練ってのは大切だね。まさか天井裏に侵入するとは。節子さんにも詰めが甘いって叱られちゃったよ。課題山積だ」


 院長がしみじみ言った。

 すると思い出した様に友紀が言った。


 「そう言えば、装置はどうなったんですか?」


 「あーあれね。装置なんて初めからなかったんだ。あるわけないよ。開院前にここに置く理由がない」


 院長はさらっと、軽く言ってのけた。


 「は?」


 千佳が言っている意味が分からないという顔をし、薫が訊ねた。


 「ガラス部屋の金庫の中に、装置は入っていなかった……?」


 「そう」


 院長がへらへらと笑いながら言った。


 「ええーっ!ひどい!」


 私達は一斉に吠えた。


 「だから僕は最初にこれは避難訓練だって言ったじゃないか」


 院長がとぼけるように言う。


 「私達、命がけだったのよ! 斉藤さんは怪我を負ったのよ!」


 憤慨する私に、福山さんが運転しながら最もらしく言った。


 「斉藤さんにも避難訓練が必要だろ。それに誰かを守ろうとすると人間は強くなる。その気持ちを忘れるな。いい訓練になったろ?」

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