55.苦闘
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味
菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ
志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格
福山…………由美の同僚
伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員
伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友
伊藤節子……麻紀の祖母。実はUGCの職員で時々スパイもする
伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹
黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁
西村院長……西村病院の院長。装置の共同研究者。独特の個性を持つムードメーカー
アルジャーノン…装置の動物実験で特別な能力を持つ児島の白いハムスター
斉藤さん……トラ。伊藤家のペット
ちーちゃん……猫。伊藤家のペット
ガラス部屋の銀板がするすると壁に吸い込まれ、元の白い壁と天井に戻った。
塞がれていた出入口も開き、職員が、倒れた敵と逃げ遅れた職員を外に運び出し始めた。
「UGCってつくづく恐ろしい」
友紀がそう言うと、千佳が窓の外を見ながら言った。
「麻紀はどこに行っちゃったのかしら」
するとインカム越しに黒田総裁が言った。
「大丈夫だ。麻紀ちゃんは無事だ。インカムを落として、通信機も壁に打ち付けて壊してしまい、連絡がとれないそうだ」
「よかった!」
母と千佳達がほっと胸を撫で下ろすと、職員の報告が入った。
「逃げた1人をエレベータに閉じ込めました。残るはピータだけですが、ピーターを追った史子さん含め職員多数が負傷しました」
「史子!」
母の声に史子叔母さんが答えた。
「私は大丈夫。ピーターに逃げられた。だけどピーターの足に一発撃ったわ。それで少し動きが鈍くなってる」
腕時計の画面に映し出された史子叔母さんの顔は、傷だらけだ。
「史子!無事でよかった!」
「ピーターには高電圧のスタンガンも効かないの。彼の皮膚は厚く筋肉は固い。仕方なく銃を足に撃ち込んだけど、痛覚が鈍いらしく平気な顔してたわ。彼はいったい何をされたのかしら」
福山さんが腕を組んで言った。
「ピーターは素手じゃとても敵わない相手だ。ホルモン剤や筋肉増量剤やドーピングレベルではない人体実験でも施されたんだろう。化け物だな。薬物の影響で痛覚も鈍くなっている」
「みんな!」
カフェインの効果で復活した私が姿を現した。
「麻紀――!」
千佳達3人が同時に叫んだ。
「心配かけてごめんなさい」
「大丈夫? 今までどうしてたの? どこから出て来たの?」
3人が駆け寄り一斉に訊ねた。
母もほっとした顔を見せて言った。
「麻紀、具合はどうなの?」
「もう大丈夫、注射をしてもらって元気になったの。それに、もしもまた倒れた時のために薬ももらって来た」
「注射? 薬? そんなものがあったの?」
母が驚いて言った。
「そうなの。行っちゃダメだって言われたんだけど、せっかく薬があるなら私の耳を役立てたいってお願いして来ちゃった」
「無茶したらダメよ。どれだけ皆が心配したと思ってるの」
「ママ、謝らないといけないことがあるの。金庫の鍵、私が持っていたんだけど、敵に取られちゃったの。どうしよう」
インカム越しに職員が言った。
「麻紀さん、とっくにバレてます。UGCは全てお見通しです。鍵はGPS機能付きの電子キーですから。しかしおかげでピーターの位置が分かります」
黒田総裁が言った。
「だからと言って麻紀ちゃん、もう勝手な事をしてはいかんよ」
「はい、ごめんなさい。だけど斉藤さんとちーちゃんを利用するのはやめて下さい。もしやったら私はまた勝手に動きます」
私の後ろに千佳達も顔を出し、4人で総裁を睨んだ。
「わ、分かった、約束しよう、申し訳なかった」
「で、どうしますか、総裁」
福山さんが、総裁に助け船を出すように問いかけた。
「もはやピーターが装置を国外に運び出すのは無理だ。仲間も足もない。そもそも参謀総長も易々と装置を盗めるとは思っていない。部下を犠牲にして下見をしたかっただけだろう。実のところ、参謀総長とパーカーの方が某国に操られている可能性が高い」
「そうなの!?」
新たな事実に友紀が声を発したが、私はもう何を聞いても驚かなくなっていた。
「ピーターは自分の足が負傷して動きが不自然になっている事に、気付いていないようだ。正常な判断も出来なくなっている。ピーターは建物に封じ込めて確保する。職員はすでに退去を始めた。君達も建物の外に退去だ」
すると職員が割って入った。
「ピーターが爆弾を持ってそちらへ向かっています。今度こそ、ガラス部屋を爆破するつもりでしょう」
すると、通路の端にある階段から、ピーターが姿を現した。
「きゃーっ! 来た!」
千佳と友紀が叫んだ。
ピーターは再びラジコンカーのような爆弾をガラス部屋に向かって走らせた。
福山さんが叫んだ。
「エレベータまで走れ! 本部、エレベータを遠隔操作だ」
全員が一斉に走り出した。
直後、爆発音が響き、地震のように建物が揺れ、私達は爆風で倒れた。
膝も肘もぶつけて血がにじんでいる。
体はコンクリートや窓ガラスの破片がを浴びていた。
通路は煙で視界が悪くなっている。
しかしすぐに煙が壁に吸い込まれ、ピーターがゆっくりとガラス部屋に向かって来るのが見えた。
「すごい、保管室のガラスだけ、割れてない! ピーターも何ともない!」
「薫、早く逃げるのよ!」
走りながら後ろを振り返る薫に、千佳が急かした。
すると突然、あの忍者屋敷のようなカラクリ壁から西村院長が姿を現した。
「おい! 皆こっちへ来い!」
福山さんと母は、院長の突然の登場に目を丸くした。




