1.コンサート
高校卒業後、私の生活は一変した。
そして家族の秘密と、それまで知らなかった世界を知り、知らなかった自分に出会った。
3月の終わり、夢が悪夢になった。
それが全ての始まりだった。
大学合格発表の日、母が合格のお祝に「スカイ」のコンサートチケットをプレゼントしてくれた。
スカイはスーツ姿がトレードマークの5人組で、チケットの入手が困難な大人気アイドルスターだ。
サプライズプレゼントに私は飛び上がって喜んだ。
「よく手に入ったね!しかもアリーナ席!」
「これが麻紀に一番喜ばれると思ってね。合格おめでとう」
スカイのコンサートチケットを手に入れるには、ファンクラブの会員だけが参加できる抽選会に申し込む。
が、その当選倍率は100倍とも言われる。
そんなレアなチケットを母はゲットしたのだ。
コンサート当日、私と母はコンサート会場へ向かうため、地下鉄に乗った。
電車内はコンサート客で満員だった。
若い子ばかりと思いきや、OLらしき人や母くらいの年齢層まで様々だ。
ぎゅうぎゅう詰めの車両の中で私は、遠くに頭ひとつ抜けている、背の高い金髪の外国人男性と目が合った。
彼はラガーマンのような体付きで、金髪で長身というだけでも目立つのに、その鍛えられた大きな体は更に人目を引いた。
彼の隣にいる男性も外国人だ。気のせいか、私は2人と目が合ったような気がした。
私はスカイのオリジナルTシャツとオリジナルバッグという格好だ。
同じ様な装いの女の子が大勢いるのが珍しくて私を見ていたのだろうと、このとき私は2人の外国人の存在をそれほど気にはしていなかった。
満員電車の扉が開くと、まるで黒い波の様にホームに人が溢れ出し、私と母はもみくちゃになりながら改札出口を目指した。
コンサート会場は駅前だ。
地下鉄から大混雑を引き連れたまま、ようやく会場の広い敷地内に到着すると、驚いたことに先程の外国人の姿が見えた。
そして再び彼らと目が合ったような気がした。
しかし彼らは大勢の人の波に呑まれ、身動きが取れず困惑している様子だ。
彼らもスカイのコンサートだろうか。
今度は少し彼らが気になりつつも、母に引っ張られながら私は会場である建物に入った。
コンサートは最高だった。
私達は心の底からコンサートを楽しんだ。
スカイと私達ファンは一体感に包まれ、ホール内の熱気と興奮はいつまでも冷めやらず、受験勉強を頑張った私と、毎日パートで忙しい母にとって、最高のご褒美となった。
しかしコンサート終了後、感動の余韻が冷めやらぬ中、事件は起きた。
コンサートが終わると観客は、係員の誘導に従って席を立たなければならない。
出口付近のブロックから順番に、大勢の観客がホールの外へ、そして建物から外へと流れて行く。
私達は最後のブロックだった。
「最期にゆっくり出よう」
そう母に言われ、私達はホールから建物の出口に向かってできた大行列の最後尾を、のろのろと歩いていた。
ようやく出口付近に辿り着くと、外で警備員が慌ただしく走っているのが見えた。
「何かあったのかな」
熱狂的なファンが何かしたのかと思い、身を乗り出して見ようとすると、母は私の腕を掴んで鋭い視線を外に向けた。
「ママ? なんか顔が怖いよ?」
ちょっと冗談交じりで言ってみたが返答はなく、母は痛い位に私の腕をがっちりと掴み、睨むように建物の外を見ていた。
私も外に目を向けると、異様な光景に凍り付いた。
電車で見かけた外国人が警備員をまるで人形の様に次々と突き飛ばしながらこちらへ近づいて来る。
大勢の女性客が悲鳴を上げ、周囲は大混乱となっていた。
「こっちに来るよ! ママ、どうしよう!」
すると母は私の腕を引っ張り、出口に背を向け、建物内へ足早に突き進んだ。
「どこへ行くの?」
「いいから黙ってついて来て!」
私達は誰もいない通路を足早に通り抜けると階段を駆け下りた。すると上の方から怒鳴り声やバタバタと足音が聞こえ、外国人が建物内に侵入したのが分かった。地下2階で母は迷わず左へ走り、突き当りの重い扉に鍵を刺した。
「なんで鍵持ってるの!?」
母は何も答えず、私を中に引っ張り入れるとドアを閉め、鍵をかけた。
コンクリートが打ちっ放しで、まるで地下駐車場のようなその場所を見渡してみると、コンサートでスカイが乗っていたゴンドラや大きなスピーカー等の舞台セットが沢山あった。
搬入口と繋がっているらしく、ひんやりとした空気がどこからか入ってくる。
母は勝手知ったる他人の家であるかの様に足早に歩き出し、奥にある片開きの鋼製のドアを見つけると、暗証番号錠に数字を打ち込んだ。
「ママ、なんで番号を知ってるの!?」
私の驚く声をよそに母はドアを開け、私に中に入るよう顎で指図した。
ドアの中には無機質な長い通路が延び、人の姿は見えないが、奥の方から声が聞こえてきた。
誰かが、ああしろこうしろと命令する声、バタバタと忙しい足音。
様子から緊急事態だと分かる。
「誰かいるよ!」
「大丈夫。ママについて来て」
母の声は落ちついていたが、私の腕を掴む母の手には力がこもっていた。
長い通路を急ぎ歩き、突き当りを左に曲がると、警備員らしき人達が慌ただしく走り回っていた。
いくつかあるドアの一つが開き、Tシャツ姿の若い男性が辺りの様子を窺いながら出て来た。
すぐに男性は母に気付き、母の名を呼んだ。
「由美さん!」
「巽!」
母は私の腕を引っ張り、私を押し込むように急いで部屋に入った。
驚いた事に、そこには衣装からTシャツに着替えたスカイのメンバー、巽、成瀬、乃亜、眞愁、來杏が控えていた。
「えっ?」
訳が分からずに立ち尽くしていると、乃亜が笑顔もなくいった。
「麻紀ちゃん、一緒に行こう。お母さんは少し借りるよ」
「麻紀、彼らに従って。ママはこのまま残るけど大丈夫だから」
「ママ!」
母は私に笑顔見せると、くるりと踵を返し、部屋から出て行った。
今度はスカイのメンバーが私の腕を掴むと、ほぼ強引とも言える引っ張り方で、母とは逆の方向に進みだした。
通路の突き当りにあるドアが開かれると、そこはトンネルの中で、目の前には黒いワゴン車が1台、停車していた。
私は車中に押し込まれ、スカイも急いで車に乗り込んだ。
何が起きているんだろう、母は大丈夫だろうか。
頭は混乱していた。
「麻紀ちゃん、大丈夫だよ。ママは心配いらないよ」
さっきまで険しい表情だったスカイの巽 が笑顔で言った。
運転しているのはスカイの成瀬だ。
助手席にはスーツ姿の白髪男性が落ち着いた様子で座っている。
スカイの中で一番人気でハーフの乃亜が、私に紙コップを差し出して言った。
「驚いたよね。これでも飲んで落ち着いて」
あたたかい紅茶を一口飲むと、私の意識は遠のいていった。
目を覚ますと、自分のベッドの上だった。
愛猫のちーちゃんがニャーと言ってベッドに飛び乗り、お腹の上に前足を乗せた。
細い前足がお腹にめり込み、少し苦しくくすぐったい。
いつもの朝だ。
「うーん、ちーちゃんおはよう。重いよう」
ゴロゴロと喉を鳴らすちーちゃんのふわふわした頭をなでながら、私は徐々に昨夜の出来事を思い出し始めた。
体を勢いよく起こして階段を駆け下りると、母は朝食の準備中だった。
「おはよう、麻紀」
「ママ! あの後どうなったの? いったい何してたの?」
「テレビを見て」
母子家庭の我が家のテーブルにはいつも2人分の朝食が並ぶ。
私は自分の席についてテレビを見た。
スカイ5人の笑顔が映っていて、右上のテロップには
「スカイ全員事故死!」
とあった。
「ええっ? スカイ死んじゃったの? 全員? どういう事?」
「テロに巻き込まれたの。昨日の事は誰にも話してはだめよ」
「テロなんて、まさかそんな……」
「コンサート会場にいた外国人はテロリストだったの。ママね、仕事であの会場に行く事があって、あそこの警備に詳しかったの。だから協力しただけよ。スカイの車には細工がしてあって爆弾も積まれていたらしいわ。この事は非公表よ。あんなところにテロリストがいたなんて、国中がパニックなるから内緒にしてね」
協力?
私はずっと母と一緒で、母が誰かと連絡を取り合っている姿を見ていない。
少し違和感を感じた。
「なんでスカイはママを知ってたの?」
「スカイとはリハーサルで会ったりして顔見知りだったの。内緒にしててごめんね」
我が家は音楽好きで、音楽好きの母は音楽ホールに勤めている。
「私、スカイと同じ車に乗っていたのに、どうして私だけ無事だったの? ぜんぜん思い出せない」
「麻紀はパニックを起こして倒れたみたい。スカイとは別の車で家まで運ばれたの。とにかく麻紀が巻き込まれなくてよかったわ」
「スカイが死んだなんて、こんな大事件が内緒だなんて!」
「国が動いているわ。テロは世界中で毎日何件も起きている、安全面からニュースにしないって麻紀も聞いた事あるでしょ? 報道される事がテロリストの目的。世界をお騒がせしたいテロリストの思うつぼにならないよう、彼らの広報活動に加担しないよう、報道は自粛されているのよ」
母によると、お忍びでA国元大統領が日本に来ていたそうだ。
私が小学校高学年の頃、暗殺されそうになった大統領だ。
当時、テレビを付ければそのニュースばかりで世間は大騒ぎだった。
「スカイは大統領を狙ったテロに巻き込まれたのかもしれない」
母は私にそう説明し、固く口止めした。
スカイの死にショックを受けたと同時に、私は母に違和感を感じていた。
昨日見た母の目は、今までに見た事のない、とても鋭い視線だった。