オタク、直感する
「はじめまして。私、アリス・ケイト・ターナーと申します」
――この子では?
例えるなら、菜の花。例えるなら、春のそよ風。
ふわりと微笑む少女は掛け値なしに美しい。
うっかり見惚れてしまい、モナは言葉を失う。あの、と控えめに掛けられた声で、モナは我に返った。
「あ、ええと、私は、モナ。モナ・エミリー・クライヴです。どうぞ、仲良くしてくださいね」
慌ててモナが挨拶を返すと、アリスはほわっと暖かい微笑みを浮かべた。
「こちらこそ、仲良くしてください」
――この子だ。間違いない。
もしこの世界にヒロインという存在があるのであれば、それは間違いなく彼女だ。モナは直感した。
□
「新入生諸君、入学おめでとう。我が学園は――」
ついに入学式が始まり、講堂はしんと静まりかえる。身分が高い子息令嬢ほど舞台に近い席に座るのは暗黙の了解なのだろう。最前列には新入生のリストでも目を引いていた有力貴族の面々が落ち着いた表情で校長の祝辞を聴いていた。
一国の王子と同じ場所で、同じ空間で、暗黙の了解からの区別はあるにせよ、同じ立場で話を聴くというのは、なんとも不思議な心地だ。
隣に座っているアリスは、どこかぎくしゃくとした様子で、真っ白になった指先をぎゅっと両手で握りしめている。極度の緊張状態だろう。こんな末端の席に座っているのに、珍しい子だ。
真面目なのか、それとも。
思わず、その指先にそっと触れた。
ぴくりと、彼女の肩が震える。できるだけ優しい声を心がけて、モナはアリスの耳元に唇を寄せた。
「急に触れてしまってごめんなさい。お加減が悪いのかしら?指がとても冷えているわ」
「いえ――その、体調は大丈夫なんです。なんというか、その、実は私、」
アリスがこわごわと、潜めた声でなにかをモナに伝えようとしたときだった。
「新入生挨拶、アリス・ケイト・ターナー」
気難しそうな女性教諭の声が響く。再びアリスの肩が震えた。
やっぱり、そうだ。モナは思う。
グレニスタ・アカデミアの新入生挨拶は毎年最も入試成績の優秀な生徒が行う。
つまり、今年の最優秀学生はアリスだ。
恐らく、爵位の低い令嬢の名前など覚えていないのだろう、ざわざわと、俄に会場がざわつく。
重ねた手を、モナはもう一度ぎゅっと握りしめた。
「大丈夫ですわ、アリス。ここで失敗しても、人生は終わりませんわよ?」
少しおどけた声でモナが呟くと、アリスは驚いた表情で一度モナを見た。そして、ほんの少しだけ唇に笑みを乗せる。
私にとってはとっても長い一瞬だったけれど、実時間としては本当に短い一瞬だっただろう。
「はい」
凛とした声で、アリスは立ち上がり、雛壇に向けて歩き出す。
その手も声も、もう震えていなかった。