ヒロイン、逆ハー達成?
こんな形のヒロイン逆ハーもあるということで。
この国唯一の王城の大広間。
今そこには王族およびこの小国に存在するすべての貴族家当主が集まっていた。
シンと静まりかえった広間に緊張した声が響く。
「タリス侯爵令嬢メリア。私、王太子ロランドはあなたとの婚約を破棄する」
重い沈黙が続く。
やがて「はい」と悲しみに沈んだか細い声が響いた。
「タリス侯爵もよいな?」
威厳と悲嘆に満ちた声は国王だ。
「御意」
覚悟を決めた男の、いや貴族の短い返答。
再び広がる沈黙を貫いて高い声が響いた。
「はいはいはい! 時間押してるんだから止まらない! 次は宰相嫡子の、ええと何でしたっけ?」
「……ルモンだ」
「じゃあルモンさん、よろしく!」
呼ばれた金髪の優男は一瞬殺気の籠もった視線を声の主に送ると肩を落とした。
「レレン。すまない」
「いいのよルモン」
赤毛の闊達そうな、だが今は悲しみに沈んだ美少女が微笑む。
「必要な事なのでしょう? アリシア」
声を向ける先は先ほどの高い声の持ち主だ。
ポワポワの桃髪に蒼い瞳、顔立ちは整っているというよりは可愛い。
小柄で華奢で男なら、いや女でも思わず守ってやりたくなる容姿のその美少女は外見からは想像もつかないほど刺々しい口調で言った。
「もちろんよレレン! そんなのいいから早くして!」
「……平民が」
どこからか聞こえた呟きに反応する桃髪の美少女。
「ええそうよ私は平民よ! 王太子殿下の後ろ盾がある、ね! そうでしょ? ロランド」
「その通りだアリシア。私は君を」
「そんなのいいからさっさとやる!」
あまりにも不敬過ぎる態度だが誰も何も言わない。
そして広間では高位貴族子弟の婚約破棄が淡々と続いた。
小国故、貴族の数もそんなに多くはない。
やがてそこに参列するすべての貴族子弟の婚約が破棄されてしまうと王太子ロランドは国王陛下の前に進み出て片膝をついた。
「用意が整いました。お願いします」
「うむ」
国王陛下は淡々と述べた。
「余は王権を譲位する。皆の者、これまでの忠誠に感謝する。これからはロランドを支えてやってくれ」
「「「「御意」」」」
重々しい合唱の余韻が消えないうちに高い声が響いた。
「はいはい! 本当にもう時間がないのよ! ロランド!」
「判った判った。我が盟友の仰せのままに」
苦笑して立ち上がる王太子。
それからぐるりを見回す。
「皆の忠誠に感謝する。では」
その言葉を合図に進み出る筆頭貴族のセラ公爵。
王家とも縁続きの大貴族だ。
初老の公爵はロランドの前で片膝を突いた。
「セラ公爵家はただいまをもって公爵位を返上させて頂きます」
「受けよう」
ここにひとつの貴族家が消えた。
セラ公爵が下がると次位の貴族が進み出る。
「タリス侯爵家は爵位を返上させて頂きます」
さっきまでロランドの婚約者だったメリアの実家だ。
「許可する」
そうやってすべての貴族家が宮廷順位に従って爵位を返上するまでどれくらいかかっただろうか。
その間、桃髪の美少女はイライラしながら時折衛兵が守る扉の方をチラ見していた。
「アリシア。終わったよ」
ようやく王太子が声を掛けた時には美少女の焦りは頂点に達していた。
「そう。じゃあやって」
あまりにもそっけない言葉に苦笑するロランド王太子、いやロランド国王。
「判った。では」
大きく息を吸い込み淡々と述べる。
「ただいまをもって私、ハイランド国王ロランドは我が国の主権を返上する。国家意思はあなたのものだ。平民アリシア」
「平民じゃなくて暫定革命評議会議長! まだ覚えてないの? まあいいわ。はい国家主権受け取りました! 今からこの国はハイランド民主主義人民共和国ね! みんな間違えないようにしてよ!」
アリシアが高飛車な口調で言い切った途端、衛兵が扉を開いた。
確固たる歩調で大広間に踏み込んでくる数人の男たち。
全員が尊大な態度と表情を隠そうともしない。
一行は玉座の前で整列すると、さっきまで国王だった、今は一介の庶民に向かって言った。
「さて。結論は出ましたかな?」
「わがタレス人民解放軍は国境で進軍準備を完了しております。出来れば平和裏に降伏して頂きたい」
「これからは共和制の時代です。封建制などという時代錯誤な体制は打破せねば」
「無論、国民の皆様の安全は保証しますよ。国民は」
苦笑する前国王陛下。
かわってロランド前王太子が言った。
「残念ながら父上はもはや主権者ではありません。既に譲位なされました」
まだ若いロランドに向き直る一行。
「ほう? では今はロランド陛下が?」
「いえ。私も先ほど退位しました。ついでに王制を廃止し」
「はいはーい! 私がこの国の最高権威者でーす!」
飛び出てくる桃髪の美少女。
「はい?」
「さっきロランドからこの国の主権を頂きました。ハイランド民主主義人民共和国暫定革命評議会議長アリシアと言います! よろしくね」
「え?」
「あ」
「馬鹿な!」
「というわけでぇ、この国は既に共和制に移行しました! まだ体制が整ってませんので、近日中にお宅の主席に我が国からのご挨拶を送らせて頂きます。あ、既に周辺諸国には我が国の共和制移行については通知済みですので!」
「しかし」
「ここにいるのは封建制の支配者共ではないか!」
「だーかーらー、全員爵位返上してますって。みんな庶民ですよ? まあ家名とかはありますけど」
「この格好でか? どうみても貴族だろう!」
「まだ革命評議会指定の制服が出来てないもので。革命直後ですので大目に見て下さい。というわけで、解放軍の皆様にはこのままご帰還頂きたく。よろしく!」
タレス人民共和国からの使者は顔を見合わせると急ぎ足で去って行った。
静まりかえる大広間。
間に合った。
次の瞬間、小柄な美少女の周りに貴族子弟たちが殺到する。
「アリシア! ありがとう!」
「助かった!」
「御身の尽力に感謝する!」
「これでタレスには我が国に干渉する口実がなくなった!」
もみくちゃにされながらアリシアは思った。
この小国に転生して知識チートで色々やって、隣の大国に侵略されそうになったからとりあえず何とかしたけど。
これ、絶対逆ハーとかじゃないよね?