98:魔鳥の正体
戦場へ連れてきたものの、勇生はテサが手を妬くほど荒れていた。
正体不明の魔鳥軍団を相手にしているのだ。もう少し慎重に行くべきだと誰もが思っていたが、勇生は隊のそんな空気をまるで無視し、空から墜ちてくる鳥を片っ端から斬り捨てた。
『あいつ・・・。』
テサは苦い顔で勇生の背中を見る。何度も呼び戻すのだが、勇生はテサの言うことを聞かず獣車を飛び降り、通りへ飛び出す。
獣車から見ていると、魔鳥の中には落下の途中で姿を変えるものもいた。墜ちてくる彼らに意識は無いため、斬るのは容易いが魔鳥を斬るのと人を斬るのでは感覚が違う。
町の上空に姿を現した彼らは、まるでそこがゴールと決められていたかのように全身から眩い程の魔力光線を放ち、力を放出しきると役目を終えたかのように墜ちて来る。
・・・なんだこれは。この攻撃は。
まるで自爆テロ。しかしそんな戦い方の無かったこの世界では、目の前の”敵”の姿は異様に映る。
テサは、その魔鳥達を見て違和感を感じていた。そもそも”人魔鳥”自体が珍しいのだ。
勇生もまた、敵があまりに呆気なく力尽きることには疑問を抱いたようだった。脇目も振らず振り回していた剣を持つ手を止め、ふと上を見上げる。
そこへ新たに墜ちてきた1羽・・・勇生の頭上に落ちようとしていた1羽はメルルの呪文により吹き飛ばされ、通りに転がった。
勇生は”人の姿”で横たわりボロボロになったその1羽を見ると、一度目を背け不愉快そうに叫んだ。
『お前ら、一体何なんだ!!!』
怪我を負い倒れたその人間の姿をしたモノは、今までの敵とは違う。不気味な虫や悪魔でもなければ、憎むべき存在にも見えないのだ。
勇生はヤケになって剣を振り回していた自分にようやく気付き、叫んだ後気まずそうに戦っていたはずの相手を見た。
勇生の声にビクッと身体を震わせた少年は、僅かに首を動かすと勇生の方をじっと見つめたまま、ただ祈っていた。
・・・殺さないで。お願い。
勇生は怪訝な顔で少年を見る。
・・・せっかく辿り着いたんだ。
少年の両の目からは涙が溢れ出てくる。
頭の下の地面は濡れたように冷たく、血が出ているのだろうかと思いながら少年は黙って目を瞑った。
・・・もうダメかもしれない。
脳裏には、先程目の前に立った兵士の姿が焼き付いている。
最後に見た彼は、物凄く強そうだったな。
彼くらい強ければ、そもそも拉致なんてされずに済んだかもしれない。
でも自分は弱かった。
少年はずっと押し込めていた気持ちが、”悔しさ”だったことに気が付いて、ようやく自分自身で納得した。
弱くて、弱いことが悔しかった。
外島を逃げ出そうとした仲間も沢山いた。その彼らがどうなったかはわからない。
でも自分は、言われるまま”魔鳥の血”という得体の知れないものを受け入れ、言われるまま力を使いこなす訓練を受けた。
魔鳥の魔力は膨大で、身体の底から力が湧き上がるようだった。でもあれは全然、自分のものではなかった。
帰っていい。そう言われ初めて帰って来られたのだ。
僕は何て弱いんだろう。
そのまま意識を手放そうとしていた少年の頭を、温かい誰かの手がそっと押さえる。
驚いてもう一度目を開けると、そこには見たことも無い程可憐な美少女がいて少年を覗き込んでいた。
『話せる?』
少女の瞳は透き通る翠色で、その瞳が真っ直ぐ少年を見ている。
『あ・・う・・。』
何か答えたいが、声が上手く出なかった。
まぁいいや。呟いた美少女・・・”メルル”は、目の前に立つ勇生と2人で少年を担ぐようにして獣車へ向かって歩く。
その間、息も絶え絶えになっている少年から何か情報を得ようと、メルルは話し掛け続けた。
『君たち、外島から来た?』
少年はこくんとひとつ頷く。
でも元は王国の人間だ。そう言いたいが言えないことがもどかしい。
『目的は、戦争?』
少年は、驚いたように顔を上げそのせいでまたフラつき勇生に舌打ちされた。
隣の勇生は黙って少年を担いでいたが、その顔は怒ったようにムッとしている。
既に沢山魔鳥を斬り捨てたのだ。しかし隣にいる人間の姿になった”彼”を見ていると、斬り捨てたものにまで迷いが出てくる。
敵意も無かったかもしれない“ヒト”を、大勢斬ってしまった。その思いが勇生の表情を硬くしていた。
『イ、エ・・・。』
人魔鳥の少年は、掠れた声でそう言った。
家に帰りたい。
その言葉を不思議そうに聞くメルルの肩から少年の腕が滑り落ち、少年はそのまま道の上にドシャと倒れる。
慌ててその彼をまた担ぎ上げようとしたメルルの目の前に恐る恐る出てきたのは、先程も通りに出て怒られていた町の少女だった。
『ちょっと、ごめんなさい。』
少女は勇生に睨まれおずおずとメルルの服の袖をつまんだ。
『何?』
驚くメルルの、袖を持つ少女の手は震えている。そしてメルルが今まさに抱こうとしているその少年をぐいと覗き込むと少女は大きく息を飲み、確信したようにまたゆっくりと吐きながら、呟いた。
『・・・お兄ちゃん。』
少女は、驚く2人の目の前で泣きそうな困ったような表情を浮かべ、そう言った。
その声に反応したように少年は薄く目を開き、目の前にいるメルルをまたチラリと見た後、横から覗く少女に気付きハッとしたように凝視した。
『ガ・・・』
ガードラ。絞り出しても喉からは空気しか出てこない。悔しそうに顔を歪める少年に向かって、少女は頭がもげる程勢い良く頷いた。
少年は、少女の兄ガーディオだったのだ。
勇生とメルルはその2人を見て顔面蒼白で顔を見合わせる。
『え、ちょっとどういうこと・・・?』
戸惑ったように呟くメルルを、獣車の上からテサが痺れを切らしたように呼ぶ。
そうこうする間にも町は、魔鳥達の光線により破壊されていく。
メルルと勇生はとりあえず少年を連れ、獣車へと急いで走った。その後をおろおろしながら小さな少女も付いて来ている。
テサはそれを見て、おいおい、と頭を抱えた。
あちこち矛盾しないように・・と思っているのですが・・・難しいです。ちょいちょい修正してます。