96:総力戦のその上
『ー総力を上げて、再戦を挑む。』
そう言って外島の大使が密かに活動を始めたのは王国との大戦直後・・・敗戦を宣言した直後からだった。
当時の大使の名はドティ。彼は王国からの条約提示をうやむやにかわしながら、その裏で”強い外島の構築”を掲げ活動していたのだ
前大戦において外島は兵士を多数失った。しかし、残った老若男女全ての力を合わせればより強い力を生み出せるはずだ。
より強い国を創るのだ。
ドティはそう言いながら民を鍛え、叩き上げた。しかしそのドティが謎の急死を遂げ、外島が再び混乱に陥る中、現大使カルマンが突然その後釜となった。
カルマンはドティを称えながら、更にドティの上を行く発言で民を驚かせた。
『私は亡きドティの意志を継いでみせる。』
『しかしこの国が勝利を治めるためには総力戦では足りない。』
カルマンは大きな身体で民の前に立ち、強い眼差しで民を見つめ、宣言した。
『私は、その足りない分を他から奪い補うことを厭わない。』
『私は、汚いやり方をも厭わない。』
『愛しいこの国を取り戻すためならばなんでもしよう。』
民はその言葉の真意もわからないままカルマンに心酔した。弱り切った民の目に、強いカルマンは理想のリーダーに映ったのだ。
カルマンは敗戦国をも奮い立たせる強いリーダーだった。
ーーー
白い魔鳥達は、外島を飛び立った後ただひたすら羽ばたき、前を目指して飛んでいた。
その中程の位置にいる1羽もまた休まず羽を動かしながら、取り残されまいと必死に飛び続けていた。
そもそもこの魔鳥達は、戦争が始まることなど知らされていなかった。
ただ、”母国”へ帰ることが出来るとだけ聞いていたのだ。
しかしそれには条件があった。
速く、強く飛べる者・・・”制限時間”内に自力で帰れたものだけが母国に受け入れてもらえると”管理者”は告げた。
冷静になれば、おかしな話だ。
彼らは拉致され王国から外島へ連れて来られた。
皆、もとは王国の人間だったのだ。
”人間”だった。・・・要するに、”魔鳥”でもなかったのである。
主に10代の彼らは、拉致監禁され人魔合成の実験体となった。そして実験体のうち一握りの成功体だけが人魔鳥となり、今回管理者によって集められ、突然母国へ帰すと言い渡されたのだ。
当然驚いたが、理由なんてどうでもよかった。
ただ、死なずに済んだことが嬉しくて、帰れることが嬉しくて彼らは何も聞かず外島を飛び立った。
しかし王国であろう陸地の先端が見えて来た頃、先頭を行く1羽の様子がおかしいことに気付いた。
目に見えてフラフラしている。
まぁ、こんなに長距離を飛ぶのは初めてなのだから、飛ばし過ぎによる疲れだろう。
そう思いながら仲間の様子をじっと見ていると、そのフラフラしている1羽の魔力が急に乱れ始めた。
うまく言えないが、人の部分を失いかけている。そう感じて”彼”はゾッとする。
皆、元は普通の人間の子供だった。鍛えられた兵士ですらない、ごく普通の子供だ。経験したこともない過酷な飛行により、合成された魔鳥の魔力を制御出来なくなっているのだ。
それを見ている自分も例外ではない。
”彼”の意識も次第に朦朧として、ただ帰りたい、と願う気持ちだけで両羽を動かした。
帰りたい。王国に戻って、家に帰って。
ごはんを食べて。
朝までゆっくりベッドで寝たい。
慣れない鳥の身体は、自分のものでは無いかのように重く感じる。しかし休むことは許されない。前だけを見て飛ぶしかないのだ。
前を行く1羽が、突如揺れ始め下へ急降下していった。
ーああ、彼は残念だった。
海の上へ落下していく仲間を見ながら、せめて自分だけでもと思い羽は止めない。
何も悪いことはしてないんだ。神様だって見てくれてるはずだ。
そう言い聞かせる瞬間にもまた1羽が、今度は押さえ切れなくなった魔力を眩い光線のように放ちながら落下していく。
その仲間の落ちた先を見て、またグッと”彼”の羽に力がこもった。
陸地が見えて来た。もうゴールがすぐそこまで来ているのだ。
しかし頑張れば頑張る程、魔力の制御は崩れていく。
もうすぐ。あともう少し。
もう1回羽ばたけば。
薄れる意識を何とか保ちながら飛んでいると突然、すぐ前の魔鳥が爆発かと見紛う光線を発して落下し、”彼”もその爆発に巻き込まれ羽に怪我を負った。
ーああもう、何だ。せっかくここまで来たのに。
ここから落ちて、助かるかな?
”彼”・・・元、王国の少年はぼんやりとそんなことを考えながら落ちて行く。
抗う気力も体力も、何も残っていない。
その下の港町には、少年もかつて憧れの眼差しで見ていた、紋章入りの装備を身に着けた兵士達の姿があった。
ー僕のこと、受け止めてくれるかな?
少年は少しホッとして目を瞑ったが、次の瞬間激しい痛みが身体を襲った。
誰かに払い飛ばされたのだ。
そして容赦なく身体は地面に叩きつけられた。
・・・訳がわからない。
少年は頭から血を流しながら、眼を開け前に立つ人物を見た。
ー助けて。
少年は、咄嗟に祈った。
目の前に立つ人物に、自分は殺されてしまうと感じたのだ。
それ程目の前に立つ人物は、殺気だって自分を見下ろしていた。
自分と同じくらいの背丈の少年。
少年は、怒ったように周りに叫んだ。
『お前ら、一体何なんだ!!!』
前話少し修正しています。