94:処刑の日
桜良・・・碧の島の女王が囚われてしばらく経った頃から、王国城内におかしな噂が流れ始めた。
”国王が処刑の日を先延ばしにしている”
というのだ。その噂は自然と勇生やメルルの耳にも届いた。勇生はその話に決して口を挟むことはしなかったが、一緒にいる場でその話題になるとメルルは心配そうに眉を下げた。
『どうなっちゃうんだろうね、あの人。』
中庭を見下ろす回廊の手摺にもたれ、メルルは誰にともなく呟いた。隣には同じく下を見下ろす無表情な勇生がいる。
今も兵士の宿舎で例の噂を聞いたばかりだ。
メルルは勇生に似た黒髪の女王の姿を思い出し小さくため息を付くが、相変わらず勇生の反応は無い。
・・・そもそもあれから、勇生の様子が変なのだ。
女王を倒して王国へと帰ったあの日、勇生は懸命な治療で息を吹き返したもののそれまでの自信に満ちた姿は無くなり、どこかうわの空で毎日を過ごしているように見えた。
それはテサの訓練が再開されてからも変わらず、最近では毎日テサに怒鳴られている。
一体どうしたんだろう。
メルルは考え、思い当たる節を当たってみた。
『ねぇ。あのさ・・・あの、もしかして女王って知り合いだったりしない?・・・って、いきなりすぎだよね。はぁぁあ〜。』
ずっと気になっていたことを、とうとう口に出してみたもののメルルは自分の口下手さに嫌気が差し頭を抱えため息をついた。
『ごめん・・・。』
勇生は突然頭を抱え謝ったメルルに驚いて、庭を見下ろしていた視線を戻しその横顔を見る。
手の隙間から覗くその横顔は相変わらず綺麗で、長い睫毛も白い肌もまるで人形のようだ。しかし今その顔は伏せられ、憂鬱そうにため息を付いている。
『え、何?』
勇生は慌てて、聞き返した。
先程、メルルが何か尋ねたのは聞こえていたが、ちゃんと聞いていなかった。近頃こういうことが多いのは自覚しているが、メルルにまでため息をつかせてしまうとは。
『聞いてなかった。ごめん。』
勇生は素直に謝った。今度はメルルが驚いた顔になり勇生を見る。その瞳は少しの曇りもなく澄んで真っ直ぐた。
『いやあの・・・勝手に思ってたんだけど。』
『うん。』
勇生はメルルの言葉を聞くことに全力を注いだ。
『勇生って、あの”女王”と似てない?』
『・・・え?』
思ってもみなかった言葉に勇生は不意を付かれ、拍子抜けしたようにメルルを見た。
メルルは何故か恥ずかしそうに俯いている。
勇生のことを名前で呼んだのは初めてなのだ。・・まるで親しい友人のように。
そうとも気づかず勇生はどう答えるべきか迷い悩んでいた。
『あぁ・・・、そう見える?いや、うん、そりゃそうだけど。』
そしてメルルを窺い見るようにしながら言葉を探す。
今まで似ていると言われたことは無かったが、メルルから見て似ているのか。
しかしどう考えても、あれは”姉”なんだとは言えないのだ。
勇生は複雑な表情を浮かべた。
あれが”姉”だと言ってしまうとそれが真実になってしまいそうだという恐さもあり、それを言って姉のしたことを背負う勇気もまだなかった。
勇生は半分、自分に言い聞かせるようにメルルに告げた。なるべく、嘘にならないように。なるべく、その存在を遠ざけるように。
『知ってる人に見えた。けど違う人かもしれない。』
目の前で会って、本人であることは確信していた。しかし日が経ってその現実味は薄れていた。
その言葉が、今の勇生に言える限界だった。
桜良が処刑される。その時、自分はどうすればいいんだろう。どうするのか、どう感じるのかもわからず最近はただ憂鬱で不安だった。
メルルは勇生の答えを聞いて少し目を見開き、やっぱりそうなんだ?と小さく呟いた。
そして中庭の中央に位置する、厚い扉で閉ざされた地下牢への降り口を眺める。
『知り合いだったら・・・。』
処刑なんて、嫌だよね。
メルルの呟きに、どう答えていいかわからず勇生は曖昧に頷きその下に視線を落した。
ーーー
『処刑はどうされるのですか。』
クシドの後任に抜擢された老女、アンはしつこく国王に食い下がった。王国の民は明らかに女王の処刑を待ち望んでいる。国民に多くの犠牲者が出たのだ。この件を素通りするわけにはいかない。
アンの言葉を流しながら国王はため息を付いた。
『全くしつこいね。それより外島のカルマンと連絡は取れたのかい?』
国王の興味は外島独自の”技術”にあった。その技術を快く提供させるため、戦犯まで差し出したのだ。
特殊な採血器により採血することで、魔力を得ることが可能だというその情報も外島からだった。その他にも様々な技術があると聞いているが、外島は進めている研究内容をほとんど王国へ明かしていない。
未だ渋るその理由は、恐らく一つしかないだろう。
国王は気怠げにアンを見ると、カルマンとの連絡が途絶えているという報告に呆れたようにため息を付いた。
『何だ。・・・せっかく、仲良くやろうと思ってたのに。』
国王が何かを察したように低く呟いたまさにそこへ、バタバタと廊下を走る足音が響き重い部屋の扉が開いた。
息を切らした衛兵が頭を下げ膝を付き、大きな声を上げる。
『緊急事態です、国王!!!!』
『叫ばなくていい。』
国王はその怠そうな表情のまま衛兵の方を見て、顔色も変えずその続きを聞いた。
『外島から、海境を越え複数の船が侵入してきております。防御線を張り、直ちに牽制砲を撃ちましたが船は止まらず進行中です。』