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93:牢獄

 テサの言葉通り、2人ーテサと勇生に会ってしばらくは朝と晩に食事を置いて行く衛兵以外は牢の前を通る者はいなかった。


桜良は気の向いた時だけ乾いたパンを食べ、水を飲んだ。固い床の上では横になっても上手く眠ることが出来ない。


腕に掛けられた手錠のせいか、毒の生成も出来ない。


桜良は壁にもたれて目を瞑り、うとうと微睡み続けた。時折夢を見たが、泣いてばかりの母親の夢で嬉しくもない。ただひたすら自分の部屋だけが恋しかった。


目を瞑り、桜良はそこが部屋の中だと想像してみた。いつも座っていた座椅子。目の前にはちょうどいい高さの机とノートパソコン。光を通さない遮光カーテン。


指を動かせばそこに会話が産まれ世界が開ける。


桜良は細い腕を伸ばし、滑らかに指を動かした。


 『新しい魔術でも生みだす気か?』


足音も立てず突然響いた声に、桜良はビクッと指の動きを止めた。


この声には聞き覚えがある。


 『魔力網を破れると思っているのか?見苦しいな。』


桜良は薄っすらと目を開き、牢の前に立つ人物を見た。その目に感情は無いがその瞳の中に疑問が浮かんでいるのを見て牢を訪れた人物は満足気に笑った。


 『嬉しいよ。生きていてくれて。』

 

少しも喜んでいるようには見えないその人物は、桜良に毒を吹きかけられたはずの碧の国王(ブルーセス)だった。衛兵すら連れていないその姿に桜良は眉をひそめる。


・・・何をしに来た?


自分を襲った桜良の様子を見に来るにしては不用心だ。国王は2重になった牢の扉に顔を近づけると桜良の顔を覗き込むようにしながら懐から鍵のようなものを取り出した。


・・・何故だ。


桜良は思わず口を開け国王の手元を見る。国王は音を立てないように扉に付いた鍵を外すと牢の中へ入ってきたのだ。


 『なっ。』


桜良は咄嗟に叫ぼうとしたが口を国王の手に塞がれ、その続きは声にならなかった。


そして国王は桜良の口を塞ぎ、細い身体を壁に押し付けたまま懐から更に注射器のようなものを取り出した。


桜良は目を見開いてそれを見る。


・・・何だそれは?


逃げる隙も無く空の注射器の針が桜良の首に刺さる。


 『ぐっ。』


桜良は恐怖で動くことすら出来なかった。


痛い。怖い。誰か助けて。


国王は注射器に血が満ちたのを見ると乱暴に針を抜き、一言も発さないまま即座に桜良から離れた。


国王が離れた安心感で桜良の身体中から汗が噴き出す。


元通りに鍵を掛け扉を閉じた国王は、嬉しそうに注射器に溜まった血を見る。


 『古い文献を見たんだ。魔女の生き血で若返るって。』


桜良は震えながら突然饒舌になった国王の姿を見る。


 『新鮮な程良いんだ。最近では”合成”が進んでる外島とも交流しながら研究してる。』


国王はペラペラと上機嫌に話しながら、注射器に溜まった血を押し出し一滴ずつ美味しそうにそれを舐める。


その姿を見ることに耐えられず、桜良はまた目を瞑った。


・・・消えろ。早く。


国王は血を全部飲み干し、満足そうにため息をつき口を拭った。


 『あぁ・・・魔力が満ちるようだ。』


・・・さっさと行け。


桜良の気持ちがわかったように国王は牢の前を去りかけたが、ふと立ち止まると牢の隅に縮こまった桜良を見て可笑しそうに囁いた。


 『また、明日(・・)。』


一気に全身の肌が粟立ち、桜良は首を押さえうずくまった。強く目を瞑り、もう一度必死で自分の部屋を思い出す。


あぁ嫌だ。ここは怖い。帰りたい。


私の部屋に帰りたい。


でも帰れないのだ。桜良はガタガタと震えていた。


私は部屋で自殺した。だからこんなところへ来てしまった。この世界は地獄だったんだ。



だって、良いことなんて一度もしたこと無い。親不孝で弟にも八つ当たりばかりしていた。良いことをする余裕なんて少しもなかったのだ。


桜良は恐怖で混乱に陥りブツブツと呟いていた。


ごめんなさい。ごめんなさい。


その呟きは誰にも届かず、厚い牢の壁に吸収されていく。



家の部屋は温かく、部屋の中は幸せだった。


その記憶だけが桜良の正気を保つ唯一の拠り所になった。



国王は毎日衛兵のいない時間に桜良の牢を訪れた。



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