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90:魔力

 

 だだっ広い広間で、座禅を組んだ老人が目を瞑って何か呟いている。


 それはここ1ヶ月間、毎朝繰り返された光景だった。背を真っ直ぐ伸ばし、編んだ銀髪を背に垂らした老人は顔に刻まれた皺をより深くしながらもある”気配”を探し、祈っていた。


ある気配とは、勿論孫のように愛して育てた少年エルフ・・・ラウルの気配である。


本当の家族のように愛していたのだ。ラウルのことも、勿論その母のミレーヌや父バディスのことも。しかし老人は血のつながった家族ではなかった。


2人がこの森へ来たのは10数年前だったろうか。老人はそれよりももっと前から森の中・・・樹の家の中に住んでいた。


ある夜、1人でいそいそと家に入ろうとしているところをそのエルフ2人に見つかり、あまりに執拗に泊めてくれと頼むので泊めたのが全ての始まりだった。


 『とても素敵。ずっと住みたいくらい。』


ミレーヌは手を叩きながら老人ー”おばば”に抱き付いた。そのお腹には既に子が宿っていた。2人が家に来た当時のことをおばばは鮮明に覚えている。


その日々は、人間の住む町を離れ1人森に籠もり続けたおばばにとって新鮮で革命的だったのだ。


 『あぁば。』


ミレーヌが産んだ美しく小さな赤子は、少しずつ成長しおばばのことを指差しばぁばと呼ぶようになった。


彼ー赤子は男の子だった。両親は子の名付けをおばばに頼み、おばばは最初嫌がったが悩みに悩んだ末、ラウルと名付けたのだ。その発音に意味は無いが強く願いを込めた。


大きく育ちますように。


幸せに生きられますように。


おばばの願いを受け誰からも愛される容姿に育った少年は、父と母が”出稼ぎ”から戻らなくなった頃から時折暗い表情を浮かべ、そわそわと森を出歩くようになった。


母親にそっくりな強い光の魔力。父親譲りの弓の上手さ。更にラウルはエルフ同士の貴重な子であったからか、多くの属性の魔力に恵まれそれらを操ることに長けていた。


ラウルはひいき目無しに見ても強い。


そのことは誰よりもわかっていたのだ。


しかし外には出したくなかった。(ラウル)がいる毎日なんて元々期待していなかったのに、いざ失うことを想像するとその喪失感に耐えられなかった。


そしてあの日、とうとうおばばは憎まれ口を叩きながらラウルがユウキ・メルルと出ていくのを見送った。


そのまだ小さな少年の背中を、見失わないようにいつまでも眺め、たった1人で家に戻った。


家の中にはもう誰もいない。


町を出たときはまだ若く、寂しさなんてなかった。


 『これでよかったのか・・・?』


おばばは何度も宙に問い掛けた。


そしてラウルが行った朝から毎日、ラウルの無事を祈りその気配を辿っていたのだ。


ラウルの気配は誰よりも良く分かるつもりだった。


その髪の毛と同じ、薄い金色に輝く光の気配。5色の光がそれを囲み鼓動のように時には強く、時には弱く光を放つ。


ユウキと違って常に抑えてはいたが、長い間見守り続けたその魔力は目を瞑り集中すればどこにいてもわかった。実際についこの間まではわかっていたのだ。


おばばは苛々しながらまた立ち上がり、広間をウロウロと歩き回った。


気配が感じ取れない。


ラウルの魔力を見失ったのだ。


そんな訳がない。おばばは何度も自分に言い聞かせ、ここ数日は朝も昼も関係なく広間に閉じ籠り気配を探った。


ラウルに何かあったのだろうかー?


考えたくない想像が頭をよぎり、おばばは慌てて首を振る。


想像するだけでそれを認めてしまう気がするのだ。


おばばは自分の頭を小突いては、何度も自分を(なじ)った。


 『とうとう耄碌(もうろく)したか。くそ。この年寄りめ。』


それでも腹は減るが、そのことすら悔しい。


 『この脳無しが。くそ。食事なんてしてる場合じゃないってのに。』


ミレーヌもバディスも結局戻っては来なかった。この上ラウルまで失いたくはない。


しかしどこにいるかもわからないのだ。


 『東に向かうか・・・。』


おばばは呟き、突然広間を出た。最後にラウルの魔力を感じたのは、東の方角だった。


南に東と随分長い距離を移動していることから、何か飛行手段を取っているのだろう。


まさか、探索の及ばない”外”の島々へ向かったのだろうか。


いや、むしろそうであってほしい。


おばばはブツブツと呟き、干し肉を鞄に詰め込んだ。


家を・・・この森を出るなんて何十年ぶりだろう。しかし今はもうここに固執することに意味が無いのだ。


幸い、まだかろうじて体は動く。


おばばは旅に必要なものを次々と集め最後にラウルのお気に入りだった食器を鞄に放り込み、小さくため息を付いた。


ーどうか。


どうか無事でいておくれ。


そしておばばが念じると、入り口を塞ぐように何重にも絡み合っていた細い枝がスルスルと解け、壁にすき間を空けていく。


そのすき間をいつものように舌打ちしながら潜り抜けると、目の前に立つ人影があった。


誰にも見られ無いよう随所に工夫を施し、苦労したかいあっていままで誰にも侵入されたことはない。


なのにこんな時に限って。


おばばは苦い顔でその影を見上げた。


若い男。そしてその後ろに黒ずくめの男。


おばばは一瞬ぽかんとした後、その人物を見て震える足を一歩踏み出した。


 『・・・ラウルか・・・?』


男達の後ろから、ひょっこり顔を出し困ったように笑うその人はどう見ても探しに行こうとしていたラウルだった。


 『お前・・・。』


 『へへ。・・・近くまで来たから。』


離れている間に少し大人びたようにも見えるが、その顔は泣くのを堪えて無理して笑っている。


 『チッ・・・この大馬鹿が・・。』



おばばの悪態に男達が驚く中、おばばはラウルに近づいて両手をマントから出し、笑うラウルを抱き締めた。


 『アハハ。何年ぶりかなこんなの。』


ラウルは笑いながらおばばを細い腕で抱き締め返す。



 『・・・温かいなぁ。』



ラウルのその姿に、ヨザはまた鼻を擦りアルマは下を向く。


 『・・・そうか、生きておったか・・・。』



おばばは何度も頷き、目の前のラウルを強く抱き締めた。



更新少し遅くなってしまいました。

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