84:あばずれエルフ
そう言ったアルマに驚いたのはヨザの方だった。ヨザは王国軍の現役を退いて久しく、あまり現在の彼らを知らないがそれでも名は聞いたことがある、数少ない人物だ。
『へぇー、すごいんだね!』
対してラウルは、一応感心して見せているがその凄さはよく分かっていない。
しかしアルマは言うだけ言うと満足そうに胸を張り、意気込んでまばらに明かりのついた暗い路地へと足を踏み入れた。
『エルフのいる店ってあるのかな?』
尋ねるラウルに、黙って付いて来な。と言ってアルマはずんずんと進む。アルマがようやく止まったのは、まさに“エルフBAR”と看板の出た店の前だった。
『ここならいるだろ。』
確かに、居そうではある。
ラウルは少し緊張した顔でその看板を見上げた。その前ではアルマがドアノブを握り深呼吸している。
ー恐いのだ、アルマも。顔が広いとはいえ、目の前の店に入ったことはないのだ。
ラウルは僅かに歳が違うだけのアルマが、率先して前に立ってくれることに感謝しその背中を見た。
『今、開いてるかぁ?』
ヨザは呑気にラウルの後ろから顔を出す。アルマは細く開けたドアからキョロキョロと中を覗くようにしていたが、いきなり中から勢い良くドアが開けられ、その勢いで中に転がり込んだ。
『アレアレ、かわいいお客さん。』
ドアを開けたその人は、一足先に中へ入ったアルマを見、続いてラウルを見るとにっこり微笑んだ。
ーその人の尖った耳にはきらびやかな耳飾りが揺れ、長く伸ばした爪は塗料で光り、白に近い金髪をクルクルに巻いて腰まで垂らしている。その姿はセクシーでとても可愛らしかった。
しかし傍から見ると20代、もしくは10代にしか見えないそのヒトも同族のラウルには母と同世代であることがわかる。
席を勧められ言われるままに酒を頼んだヨザの隣でラウルはソワソワとして、店のエルフがお酒を持って来ると思い切ったように口を開いた。
『お姉さん、名前は?』
店のエルフは驚いたようにラウルを見て、可笑しそうに笑い声を立てる。
『お客さん、口説いてくれんの?』
ラウルは水を飲み干し、緊張した顔で真っ直ぐそのヒトを見た。
『昔この町で働いてた・・・エレーヌとか、・・・それか、ミレーヌとか知らない?僕に似てるはずなんだけど。』
エルフの女性は、長い睫毛をぱちくりとさせ照れる程にラウルの顔をまじまじと覗き込む。近くのテーブルに座る客が嫉妬でこちらを睨む程ラウルを見つめた後、そのヒトは小さく首を傾げた。
『うーん・・アタシ覚えが悪くて申し訳無いけど、もしかしてエレーヌってあの?』
その思わせぶりな言い方にラウルは食いつく。
『お姉さん、知ってるの?!』
しかしそのエルフの話はラウルの想像とは違うものだった。
ー“あばずれ”のエレーヌ。
昔、そう呼ばれてたエルフがいたよ。男を取っ替え引っ替えでさ。挙げ句にその中で1番若い男騙して、まんまと町を出ていった。
『そういえばお客さん、似てるかも。』
店のエルフは悪びれず、ラウルの顔を撫でるように触る。
ラウルはショックを受けたように俯き、店のエルフに曖昧に礼を言う。見かねたヨザが席を立ち、ラウルを立たせた。
『すまん、呑む気分じゃなくなっちまった。』
ヨザはそう言うと、ラウルとアルマを従え店を出た。
『アラごめんよ、また来てねぇ。』
手を振るエルフに頭を下げ店のドアをまた潜ったところで、背中を後ろから叩かれラウルは振り向いた。
そこにはスラリと長身の男性ーおじさんと呼ぶのが憚られるような紳士的な男性がいた。ラウルが驚く程近くに顔を寄せてその中年男性は囁いた。
『女の言ったアレは嘘だ。エレーヌは優しい素敵な人だった。話を聞きたいなら一緒においで。』
ラウルはその男性の顔を見た。真面目そうな太い眉に、優しそうな垂れた目尻。見るからに良い人間なのだが、それが怪しくも見える。
『他の2人は駄目だよ。来るなら出て右の角で待ってる。』
ー罠だろうか。一体何の?
ラウルはアルマとヨザと歩きながら考え込んでいた。その横でヨザは、気にするなよ、とずっと励ましてくれている。
ー危険だろうか。でも何を恐れてるんだ?
ラウルは自問した。
知るために旅をしてる。知る機会を逃すのか?
『ー・・ごめん、ヨザ。アルマ。』
そしてラウルは立ち止まった。
ラウルの魔力を垣間見ているヨザはともかく、アルマはラウルが1人で行動することに猛反対した。
華奢な美少年で、自分の宿の客なのだ。
責任が・・と呟き頭を抱え反対するアルマに、ラウルは勢い良く頭を下げた。
『ゴメン!!でも、僕それなりに強いから大丈夫。』
何度も頭を下げられ、アルマは折れるしかなかった。その代わり2時間で帰らなかったら迎えに来るからな。と門限を与えられラウルは2人と別れ、来た道を戻った。
ヨザも心配そうにしていたが、ラウルの顔を見て諦めたのか気をつけろとだけ言い黙ってラウルを見送った。
ーーー
ラウルは男性と別れた店の前に戻ると、そのまま真っ直ぐ店を通り過ぎ曲がり角まで進んだ。過ぎた店の前に明かりは灯っているが、角から先には明かりも人気も無く薄暗い。
『やぁ、やっぱり来たね。』
男性は暗がりのなかでラウルを待っていた。
ラウルは黙ってもう一度男性を観察した。
武器のようなものも持っていない。一見すると危険には見えない。
『話って、どんな話?』
ラウルは用心深く男性に聞く。男性は少し後ずさりしながらラウルを手招きした。ラウルは怪訝な顔をし男性の背後を見ながら一歩、慎重に足を踏み出した。
ーそしてその足で地面を踏んだ瞬間、突然全ての力が奪われたように急な脱力感に襲われラウルはその場に崩れ落ちた。
ーあれ?
ラウルは驚き戸惑う。魔力や罠の気配はなかった。少しの気配も感じなかったのだ。
視界の中でまだ男性は路地に立ち、微笑んでいた。
ー何で?
ラウルは呟こうとし、声も出ないことに唖然とした。
『エルフだって、見ればわかるからね。』
男性はラウルに数歩近づき、顔を覗き込む。
『魔力を消してる。抗えないよ。』
その顔は不気味なまでの微笑みを浮かべ、ラウルをじっと見下ろしていた。