83:アルマの父
『わあ、いいお宿だね。』
アルマの宿を見たラウルが素直に感嘆すると、ヨザも隣で大いに頷いた。年季の入った建物のようだが古い木の質感が良い具合で、落ち着いてゆっくり休めそうだ。
看板だけはピカピカの金属製で少し違和感があったがそこには剣を十字に合わせたようなロゴと”INN T.A.U”の文字があった。
『ようこそいらっしゃいました。・・・あれ、アルマまた外に出てたのかい?!』
宿の女将はラウルとヨザが入ると愛想良く出迎えてくれたが、その後ろのアルマを見ると穏やかな顔を一気に豹変させ声を荒げた。
『魔物が増えてるんだ。見回りしてくるって言っただろ。』
気まずそうな顔だがあくまで堂々と言うアルマに女将が詰め寄る。
『兵士でもないくせに見回りなんて半端なことして、アンタ死にたいの?!』
『心配なんだね、でもアルマは強いよ。』
ラウルがそこに割って入りアルマが驚いたようにラウルを見たが、女将は客であるラウルのこともキッと睨み、続けてアルマを睨み付ける。
『16歳までは1人で外に出るなって、あれ程父ちゃんに言われただろ。』
『何で俺だけ駄目なんだよ。もっと小さくて軍に入ったやつもいるんだろ!』
『アンタが弱いからだろ!父ちゃんに認められてからにしな!!』
『・・すまねぇ、ちょっと俺、酒場に行きてぇんだが案内してくんねぇかな?』
取り込み中かな、とヨザが女将の顔色を窺うように話し掛けると女将はようやく我に返りもう一度ヨザとラウルを見た。
『あ、はい・・・。まずはお部屋にご案内しますので。』
女将はそそくさと2人を2階に案内し、出る時声を掛けて下さい、と伝えて下へ戻った。
ラウルとヨザは外観と同じく落ち着いた雰囲気の部屋に入りしばらく部屋内をうろうろとしていたが、腰を下ろすのもそこそこにすぐ部屋を出てまた下へ降りた。
受付には女将とアルマが立っていた。
女将は先程までの口論などまるで無かったかのように、物腰も穏やかに2人にお辞儀する。
『酒場でしたね。ご案内させます。』
アルマも防具を外し軽そうな綿の服を身に着け、宿屋の人間という装いで2人にペコリと頭を下げた。
『兄ちゃん、酒場にも詳しいのかい?』
前を黙々と歩くアルマにヨザが話し掛けると、アルマは営業スマイルと言うには少しぎこちない笑みを浮かべ、通りを指差しながら説明した。
『この辺りは昔からあるから。右が普通の飲み屋。通りの左側は女、男、魔物のいる店。』
歓楽街か。そんなの前からあったっけな?ヨザは首を傾げながらこっそり鼻の下を伸ばす。
『んで、エルフがいたとしたら多分コッチ。』
アルマは突然立ち止まり、ラウルを振り返った。
『コッチ・・・?』
期待して付いてきたものの、アルマの指差した方向を見てラウルは戸惑う。
『え?ってことは・・・。』
ラウルがヨザを見る。ヨザは困ったようにラウルを見て、アルマを見た。アルマの指差した方向は通りの左側だった。
『坊やは・・・ちょっと、連れて行けねぇかな。』
ヨザが残念そうに言うが、ラウルは僕なら大丈夫、といって食い下がる。しばらく2人は押し問答を続け、腕組みしてそれを傍観していたアルマが突然思い付いたように声を上げた。
『俺が付いて行こうか?』
ヨザはぽかんと口を開け、ラウルは思わぬ助け舟に表情を明るくした。
『連れの振りしてりゃ、手は出されねぇから。』
『連れ?』
アルマの意見はこうだった。
ここの歓楽街では暗黙のルールで顔見知りの連れには手を出さないらしい。自分もまだラウル同様、ここらに出入りするような歳では無いが顔は広い。
ーなぜなら。
『タラスで親父を知らない奴はいないからな。』
アルマは当然のようにそう言った。
『アルマのお父さんって、宿屋の?』
ラウルは驚きながら、宿にいた中年男性を思い浮かべた。恰幅がよく、腰が低いあの男性がアルマの父だろうか。
アルマは違うと首を振り、辺りに聞こえるよう少し自慢げに声を張った。
『親父は碧の王国で働いてる。王国軍1番隊の、隊長なんだ。』