82:宿屋
アルマは漁師の町の民で、アルマの家族はタラスで宿屋を営んでいるのだ、と小さな塀に囲まれた町の門を潜りながらアルマは2人に説明した。
『漁師の町って栄えてるんだね。』
ガヤガヤと賑やかな通りを見回し驚いたように感想を呟くラウルの言葉に、アルマは少しムッとしたように歩く速度を上げる。
『タラスが有名なのは漁業だが、気候も良いから農作物も出来が良くて自給に困らない。王国や外国に依存しない町の運営に成功してる。自由な雰囲気に惹かれる奴があちこちから集まるから賑やかなのさ。』
慌ててアルマの後を追うラウルの横から、のんびりとヨザが説明する。
『ヨザはここにも来たことあるの?』
ラウルの問いにヨザはまぁ、何十年も前だがなぁと答えながらやはりキョロキョロと珍しそうに立ち並ぶ店を見ている。記憶の中の小さな町はさながら観光地のように様変わりしていた。
魚の干物がいくつも吊るされた土産物屋を過ぎると、家族連れで賑わう食事処とその合間の路地から酒場が姿を現す。
ラウルはその一つ一つをチラチラと気にしながら、先を行くアルマに離されないよう慌ててその後を追いかける。
『ねぇ、酒場って僕でも入れるかな?』
突然のラウルの質問にアルマはようやく足を止め、人の行き交う道の真ん中で2人を振り返った。
『何だお前、その歳で酒場に行く気か?』
怪訝な顔のアルマにラウルは慌てて首を振る。
『いや違うよ、昔、そこで働いてたって人がいたから・・・。』
アルマはフン、とまた鼻を鳴らしラウルを上から下までジロジロと眺めた。
・・・よく見なかったが、子供の方はエルフか。
見れば見る程、酒場のおやじ共にどうとでもされそうな、か細い美少年だ。何故こんな子供がこの辺りをうろついていたのかわからないが、”人魔鳥”に乗って来たことから察するにただ者ではないのか。
アルマはヨザに視線を移す。
鳥であり人でもある。人魔鳥の噂は昔軍隊で働く父から聞いたことがあったが、ここで本物を見る機会があるとは思わなかった。
『あんた達、どこから?』
アルマの視線の先のヨザは、いかにも怪しげな帽子を被り大きく背を曲げヒョコヒョコと歩きながらアルマの質問に顔を上げる。
『あぁ、いや俺は隠居だからよ。適当にブラブラ旅してるんだ。』
『隠居する前はどこに?』
追及するアルマに、あからさまに苦い顔をしてヨザは話を逸らした。ラウルはまだ周辺の酒場が気になるようで明かりの付いた店の様子をチラチラと見ている。
『ところでさ、この辺にあんなでけぇ”魔物”出てたかね?』
ヨザの質問にアルマは考え込むように眉間に皺を寄せ、難しい表情を浮かべた。
『・・・最近だ。アイツらはもっと南の方にいた奴らだよ。』
『何でぇ。ここら辺は引っ越しブームかい?』
ヨザは道中で見た”もぬけの殻”の集落を思い出し尋ねるが、アルマは首を横に振る。
『碧の島辺りに強い魔力の何者かが現れた。何だか知らねえが”異質”な奴だ。そいつがここいらまで影響を及ぼしてる。』
ヨザはアルマの言葉に驚きながらも、同時に深く納得していた。
碧の島か。どうりで一帯に嫌な雰囲気があった訳だ。
『兄ちゃん、しっかり視てんなぁ。何歳だ?』
ヨザの質問に、アルマはまたムスッとした顔になり黙って歩き出した。ヨザはまた気まずくなっちまったとため息を付き、帽子を押さえながら早足のアルマを追いかける。せっせと歩きながら隣を見るとラウルが少し不安そうな顔でヨザを見ていた。
『ユウキとメルルは、大丈夫だよね?』
ヨザは足を動かしながらその質問に首を傾げたが、しばらく考えた後はまた、いざとなったら助けに行くさ。と笑いラウルの肩を叩いた。
頷いたラウルは、不安を隠すように明るい声で雑談を続ける。そんな2人をチラリと振り返りながら、アルマは少し先の看板を見て足を止めた。アルマが止まったことに気付き足を止めた2人に向かって、アルマはその看板を指し示す。
『俺の家だ。・・・部屋は空いてるから泊まって行くといい。』
アルマが指差し、ラウルとヨザが見た先にあったのは太い樹の幹と細い木の枝を複雑に組合せ造られた、趣のある木造りの宿屋だった。