81:漁師の町(タラス)
休み休みラウルとヨザは北東へ向かった。高度を上げ遥か下に碧の島を見下ろす辺りまで来ると、ヨザは数回羽ばたき速度を上げた。
『おぉ恐い。』
その眼下にはいつの間にか、”誰か”のための小さな城が出来上がり、周囲には何重にも門が設けられている。
・・・触らぬ”魔物”に、祟り無しだ。
ヨザは長年生きてきた中で身に着けた危険察知能力をふんだんに発揮しその半島を避けるように飛んで行く。
半島を過ぎた地点から徐々に高度を下げると、小さな集落が点々と現れヨザはその一つ一つを確かめるように慎重に上空を飛んだ。
集落の中には人の気配が無くもぬけの殻になっている所もあった。全員でどこかに移住したのだろうか。もしや魔物に襲われたのか。
あまり良い雰囲気ではないことは確かだ。
ヨザが速度を下げつつも地上に近づけずにいると背中のラウルがいきなり大きな声を出した。
『あ!ちょっと右!!もう少し近付いて!』
『おい無理言うなよ!』
ヨザは困ったように下を見る。視界に小さく漁師の町が見えているが、その塀のすぐ外で今まさに魔物と人が争っているところだった。
『速く!もうヨザってば!!』
ヨザは気乗りせず上空を旋回するが上でラウルがモゾモゾと身動きするためバランスが取れない。
『おいやめろって!』
ヨザが悲鳴に近い声を上げて急速で落下する。
ラウルは両腕をその首に回しヨザにしがみつきながら魔獣を視界に捉えた。
人の背の倍程もある魔獣だ。見た目はグリズリーに近い。矢では死なないだろう。
対する人間の姿もハッキリとしてきた。簡易的な防具を纏い手には太い刀身の剣を振り翳している。
兵士か?自衛軍か。
この小さな町を王国軍が守るとは考えにくい。立ち振る舞いは機敏だが1人で闘うその無謀さは、若者だろうか。
人間は1人。対して魔獣はツガイだ。しかし彼はそれに気付いているのだろうかー?
ラウルは物陰から忍び寄るもう1匹の姿に目を留めた。
『地に沈め』
ラウルが唱えた呪文は、もう1匹の足を止めその場の地面に大きな体を押し付ける。と同時に、ヨザが根負けしたようにフワリと地上へ降りたった。
『ったく、どうせなら派手にやるかい?坊や。』
ヨザのぼやきにラウルは嬉しそうにニコリと笑う。
対して、魔獣と闘う青年は突然現れたヨザとラウルに驚き、怒ったように叫んだ。
『馬鹿!コイツが見えてないのか?!死ぬぞ!』
その反応にラウルは眉を下げ、申し訳無さそうに呟く。
『邪魔したかな?』
『助けに入ったのによう。』
ヨザは不服そうにぼやきながら、人間の姿になった。青年は驚いたようにそれを見ながらも、2人に気付いた目の前の魔獣と2人の間に割って入るように体を動かす。
『コイツは危険だ。下がれ。』
そう言い剣を構えた青年の後ろで、ラウルは感激したように口笛を吹きヨザはやれやれとため息を付く。
『じゃあ任せたよ。』
そう言いながらラウルは呪文を唱えた。グッと見えない力で押さえられ、四つん這いになった魔獣がギリギリと腕を震わせラウルを睨む。
機を逃さず青年が地を蹴り、その血走った両眼の間に太い刃がぐさりと刺さった。
両手で持った剣を魔獣の眉間に突き刺した青年は、魔獣がダラリと涎を垂らし動きを止めたのを見てもう一度深く刃を刺し止めを刺す。
ヒューッ。
ラウルが口笛を吹くと、力の抜けた魔獣から剣を抜いた青年がまた怒った顔でズカズカと歩いてきた。
『ご、ごめんね邪魔だった?』
ラウルが後ずさりながら青年をなだめるように両手を前に出すが、青年は鼻から大きく息を吐き明らかに怒りを滲ませ近付いてくる。
『いや兄ちゃんよ、あっちのヤツもいるんだぜ?』
ヨザが少し呆れたように、まだ地面から起き上がれていない、背後の魔獣を指差した。
起き上がってはいないが、相方を殺された魔獣は怒りに震え殺気も尋常ではない。
ハッとしたように剣を振り上げ走る青年の後ろからまたラウルが弓を手に追いかける。
ヨザはため息をつきながら2人の後を追う。
残った魔獣がラウルの魔力を打ち破るように、高く吼えた。ブルブルと震えながら持ち上がった両腕にすかさずラウルが光の矢を放つ。その光の間を縫うように青年が走り抜け、咆哮する大きな口を太い刃で一息に突き刺す。
華麗に見える程のスピードと強さに、ラウルはまた口笛を吹き、魔獣を倒した青年に睨まれた。
『お前達、何者だ?』
青年の問いにラウルは微笑んで答える。
『僕はラウル。お兄さんは?』
青年は、怪訝な顔でラウルとヨザを見て、少しの沈黙の後に無愛想に答えた。
『アルマ。アルマ・アルウェウス・デヴィロ・マッサ。』
アルマでいい。短く呟くと青年は剣の血を雑に拭い、2人を目の前の町の中へと招いた。
前話、前々話少し修正しています。