77:砂漠の民
時はまた少し遡る。
勇生、メルルと別れたラウルはどこへ行きたいかとヨザに聞かれ、迷わず南へ。と答えた。
大陸の南にはとてつもなく広い砂漠が広がっているー。森の外に出たことが無いラウルにそう教えてくれたのは父、バディスだった。
『砂漠って何?』
そう尋ねたラウルに、バディスは悩みながら答えた。
『木が一本も無くて、土も無い。泉も無い。エルフの俺達にとっちゃ地獄みたいな場所だった。なぁミレーヌ。あそこでお前さんに会ったときは信じられなくて、俺は幻を見てるんだと思ったぜ。』
バディスは会話の途中、母のミレーヌに同意を求めた。2人は”砂漠”で出会うまで、ずっと1人で大陸を旅していたのだ。出会った2人はすぐさま恋に落ち、それから先は2人旅となった。
あちこちへ行く中で”おばば”のいる森に辿り着き、気があった3人はそこで共に暮らした。
ラウルが産まれると、おばばはまるで自分の孫のようにラウルを可愛がり、度々留守にする両親に代わり過保護に守り続けた。
『でも僕だって、エルフだもん。』
ラウルは道中、ヨザに話を聞いてもらいながら口を尖らせた。
『沢山旅して、エルフらしいエルフになりたいよ。』
王国にいるという自分そっくりなヒトーその話も気になってはいたが、今そこに行くべきでは無いとラウルの勘が告げていたのだ。
『今や珍しい、”生粋”のエルフなんだもんなぁ。・・・旅してなくても、エルフらしいエルフだけどよ。』
ヨザはのんびりと羽を広げ空に浮かぶ。
自分はもう余生を生きる身だ。こんな坊やと旅も悪くない。
ーしかし、勇者と嬢ちゃんは大丈夫だろうか?ヨザは首を捻るようにして下界を見下ろす。
自分が焚き付けて山に登らせ、勇者にしたのだ。何かあれば責任を感じないでもない。
まぁ、国王も代替わりしていることだし心配は無いか。
それに、何かあればあの”笛”が鳴るだろう。
ヨザは本来の楽観的な性格を取り戻していた。
ヨザにかかれば、大陸の南端まで行くことも容易い。たった一晩休んだだけで、次の朝には2人はもう砂漠を視界に捉えていた。
『うわうわわ・・・あれがそうなの?!』
ラウルは一面黄色の砂漠を指差し、ヨザの背で歓声を上げる。
ヨザも砂漠に来たのは初めてだった。上空で羽を切り返し、身体を畳むようにしてぐんぐんと高度を下げて行くと、ラウルがヒューと口笛を吹いた。
『気持ちいい!日差しがすごいね!!』
ヨザもその言葉に嬉しそうに目を細め、更に速度を上げると砂に突き刺さる寸前でギュンと首を上げ急上昇する。
『アハハ・・!』
ラウルはヨザの曲芸飛行に無邪気に喜んだ。そのまま、しばらく上をぐるぐると飛んでいるとラウルが砂漠の真ん中に、集落のようなテントが複数張ってある箇所を見つけた。
まずは上から観察しよう、とその上空をゆっくりヨザは飛ぶ。ラウルはヨザの背から身を乗り出すように下を見たが、そこはどうやら移民達の仮住まいのようだった。
『こんな木の無いところに、住む人がいるんだね・・・。』
ラウルはそれを見て不思議そうに呟く。ヨザはラウルの言葉に笑って相槌を打った。
『そうだよなぁ。俺も長居はゴメンだけどな、ちょっと観光でもしてみるかい?』
ラウルが頷くと、ヨザはスイとまた高度を下げ、数回大きく羽ばたきテントの前に華麗に着地した。
着地は完璧だったが、ヨザが羽ばたいたおかげで足元の細かい砂がヨザとラウルの姿を隠す程激しく舞い上がる。
そして視界が遮られたその一瞬の間に、ヨザとラウルは複数の何者かに囲まれていた。
『えっ・・・?』
ラウルが瞬きする間にヨザはもう一度飛び上がろうと羽を広げたが、その羽を何者かに討たれ、呻き声を上げながら”人”の姿に戻っていく。
ラウルも表情を強張らせヨザから飛び降りると、すぐさま矢の飛んできた方向へ弓を構えた。
視界の悪い中、緊張感だけが漲っている。
相手は何も言わない。しかしヨザをいきなり討ってきたのだ。穏やかでないことはわかる。
ラウルは黙って相手の気配を探った。
1,2,・・・3。少なくとも、3人。
相手の姿が見えないため、弓を引いたままラウルが矢を放つのを躊躇していると徐々に治まってきた砂煙の向こうから住民達が姿を現した。
4人。
ラウルは少し驚きながらその数を数える。
若い。ラウルとそう年の変わらないように見える男女が全部で4人。
その全員が、手に引いた弓の狙いを正確に定めてこちらを凝視していた。
ようやく新章です!ラウル再登場。