74:死闘の果てに
メルルが走る向こうで、ヴォロスが6体に分かれていた。
あれは、分身ー?
その姿に目を凝らし、メルルは走りながら首を捻る。あれが細胞分裂のようなものだとすると、それぞれの1体は”小さく”なったのだろうか?
しかし見た目には変わらないように見える。
ーということは、本体はそのまま、他は見た目だけの偽物ということかな?
しかし勇生とテサはお互いに別の相手と戦っているのだ。偽物だとしても肉体があるのは間違いない。
本体は、どれだ?
メルルはその気配を探るが、魔力は6体から同じ量出ているように感じる。
初め6体で2人を囲んでいたヴォロスは、今は3体ずつに分かれそれぞれが勇生とテサを襲っている。2人は防ぐだけで手一杯だ。
それぞれ戦えるということは、全ての偽物に意志があるのだろうか?
いや、元は1人だ。別人は産み出せないとして、残りは戦闘機能のみを持たせたロボットのようなものだとしたら?
ーメルルは焦りながらも懸命に考えた。
主と副。何か動きに違いがあるはずだ。
まずは、一斉に攻撃をしてみる?
メルルは勇生とテサに向かって叫んだ。
『避けてー!!!!』
勇生とテサはその声でメルルに気付き、素早くヴォロスから距離を取ろうとした。
ーしかし、ヴォロスはそれを許さない。
まるで遊び相手が帰るのを嫌がるように3体がそれぞれにしがみついた。
駄目だ、2人が巻き添えになる。
メルルは出した手をギュッと握りしめ、ヴォロスを見る。
ヴォロス達の顔は皆こちらを向いて、メルルに気付いているようだった。3体、6本の腕に巻き付かれた勇生の口が苦しそうに小さく動く。
・・・・?
メルルは驚いたようにもう一度勇生の顔を見た。
ー勇生は、腕の中で不敵に笑っていた。
メルルの目の前で、ヴォロスに巻き付かれ団子のようになった勇生が、その僅かな隙間から両腕を突き出した。
ーまさか。
勇生は絡みついた3体を抱えるようにして、叫んだ。
『・・・雷撃!!!』
勇生の身体から生じた”雷”は青白い光を放ち、轟音を轟かせながら一瞬で3体のヴォロスを焼き焦がす。
『馬鹿、何やってる!!!!??』
同じく団子になっているテサが隙間から叫び、メルルは勇生の元へ走った。
3体と共に倒れた勇生を抱え起こし急いでその顔を覗き込むが、勇生はまるで眠ったように目を閉じている。
『何やってんの!?』
メルルは信じられないという顔でその身体を揺さぶった。胸を見ると、ピクリとも動かず呼吸をしていないことがわかる。
何で。駄目だよ。
こんなところで死んじゃ駄目だ。
メルルは首を振り、勇生を揺さぶり続ける。
テサがもう一度大きく叫び、3体のヴォロスを振り払った。
『水の渦よ!!!』
テサの放った魔力が水の渦を作り出し、ヴォロス達を飲み込む。メルルはテサの声に顔を上げ、ヴォロス達が水に飲まれる様を見た瞬間スッと立ち上がった。
『ー見つけた。』
呟いたメルルの綺麗な翠色の瞳は、他の2体に比べ僅かに速く動いたヴォロスの本体を写し出し、静かに怒りで震えていた。
もしかすると、この”視る”能力は僕が”集団暴力”を受け続けたおかげで培われたのかもしれない。
田中は不意にそんなことを考える。
田中にとって、”前”は理不尽に嫌われるばかりの、本当に楽しくない毎日だった。
前に比べれば、勇生とも仲良くなれたこの世界は数万倍楽しいと思う。
でも、ここで死ぬなんて駄目だ。ここは僕達の死に場所じゃない。
メルルは片手を突き出し、怒りのまま叫んだ。
『疾風よ!!!!』
テサの渦の中から、1体がメルルの”疾風”により吹き飛ばされた。
テサがその1体を追うように飛び上がり、大きく剣を振り翳す。
メルルが、そしてヴォロスが続けて呪文を唱えた。
『真空地獄!!!!』
『捻じ曲がる真実』
全てが一瞬の内に起き、地上の王国軍にも島民達にも何が起きているのかわからなかった。
呪文を唱えた後、咄嗟に勇生に覆い被さるようにしたメルルの頭上に、バラバラとまた細かな肉片が降ってくる。
メルルは”気配”にゆっくり顔を上げ、目の前に立った者達を見た。
新しい魔法のせいで魔力がほとんど残っていない。そよ風すら出せそうにないのに、無情にも2体のヴォロスが、こちらへ歩いてくる。
メルルは黙って、残りの2体を見つめた。
一歩ずつ進む無表情な2体の首が、メルルを見ながらゆっくりと斜めにずれていき、数歩進んだところでそのまま音を立て地面に落ちる。
驚いたメルルの目に、倒れた2体の後ろから隊長テサが現れたのが見えた。
『隊長・・・。』
テサは怒ったように憔悴したメルルの元へ歩いて来て、勇生の胸に両手を当てる。
『クソ。子供が何て無茶しやがる。』
テサは悔しそうに呟き、メルルは泣きそうな顔でテサを見た。
ーあの瞬間。
メルルの真空地獄によりヴォロスを取り巻く空気が急激にその圧力を下げ、体を巡る血液・体液が瞬時に沸騰しヴォロスはその思考を停止させられた。
そして、メルルの異常な魔力に抗えず膨張していくヴォロスをテサがその剣で斬り刻んだのである。
ー倒したのだ。あの悪魔を。
しかし、今2人には実感も歓びも無かった。
テサは黙って勇生の心臓を叩く。何度も何度も。骨が折れる程。
『戻ってこい!』
勇生の心臓はテサに叩かれる度脈打つが、自力で動き出そうとはしない。
『死なないでよ。』
メルルは懸命にその耳に呼び掛ける。
勇生は死の縁を彷徨うように、テサの打撃に揺れながら静かに目を閉じていた。
何となくですが、タイトル番号を振ってみました。
(過去の分も遡って追加しています。)