73:vsヴォロス
勇生はテサと呼吸を合わせ男ーヴォロスに攻撃を仕掛けた。テサが深く踏み込み、ヴォロスがテサの刃を剣で受けたところへすかさず勇生が斬りかかる。
勇生の剣があと数ミリで男の喉元に届こうかという瞬間、その剣先を見ていた勇生は一瞬の内にぐるりと回転し高く上空に蹴り上げられていた。
驚き下を見ると、テサが剣を弾かれ後ろに下がっている。
ーあのテサの剣を跳ね返すのか?
勇生は着地するやいなや、もう一度男に飛びかかった。雷の威力を発揮するためには、剣を突き刺した方が確実だ。しかし男はまるで戯れているかのようにそれを避ける。
『捻じ曲げる真実』
男が呪文を唱えると、今度は男に向かって斬りかかったはずのテサが弧を描き勇生に向かって飛んで来た。
『うわ!?』
『ムッ!!』
テサはかろうじて構えた剣を逸したが、勢いは消せず2人はぶつかり揉み合うようにして転がった。
『うう。』
勇生はテサを押し退けるようにして起き上がり、テサは押し退けられムッとした顔をして勇生を見た。
『何だよ。』
勇生もまたムスッとしてテサを見る。でかいおっさんが飛ばされてんじゃねぇよ。心の中では毒づいたが、ヴォロスの魔力は侮れない。飛ばされるだけで済んだのならラッキーだ。
『あの呪文を封じる方法か・・・。』
勇生の呟きに、テサは考えるようにしてヴォロスを見る。
『フン・・。お前の身体だと、アレでひとたまりも無いだろうな。』
テサの言葉に勇生が苛立ちを浮かべた瞬間、ヴォロスが新たな呪文を唱えた。
『血の雨』
その声と共に、この戦いで死んだ島民や兵士達の血塗れの死体が地面から浮き上がり、上空の一点に向かって高速で飛んだ。
生き残った者達が目を見張る中、飛ぶ死体はお互いに激しくぶつかり、ごく微小の肉片となり戦場に降り注ぐ。
テサと勇生が黙って見つめる中、ヴォロスは嬉しそうにその雨を全身に受け立っていた。その雨を浴び、ヴォロスの魔力はグングン増していくようだった。
そしてマスクをしていなかった一部の兵士が、その肉片を吸い込みまたバタバタと倒れていく。
『ハハハハハハ・・・!!』
1人高笑いをするヴォロスに向かって再びテサが地を蹴りその懐へ飛び込んだ。アレにどう立ち向かう?勇生が抱いた不安を見越したかのように、テサが叫んだ。
『迷うな!お前の魔力が必要だ!!』
ヴォロスの目前で跳躍したテサはヴォロスの蹴りを躱しながら呪文を唱えた。
『水の拳!』
テサの繰り出した拳大の水の球が、ヴォロスの口にねじ込まれる。勇生はそれを見ながら、ヴォロスの元へと走った。テサが続けざまに剣を振り下ろし、ヴォロスがそれを薙ぎ払う。
テサを払い除けたヴォロスが、美味そうに喉を鳴らして水の球を飲み込み、口元を拭うー・・・勇生は決心してそこに飛び込みながら、その表情を見た。
ーヴォロスは、大きく口を開け笑っていた。
その表情に思い切り嫌悪感を見せながら、勇生はヴォロスの胸に剣を突き立てる。
『虚構の世界』
剣を突くのとヴォロスが呪文を唱えるのは同時だった。勇生は虚しい手応えに舌打ちして、そのまま周りを見る。くそ。遅かったか。
勇生とテサを囲むように、何人ものヴォロスが立っていた。
どれが本体だー?
こんなに増えやがって、どうしたらいい?
ーーー
後方の動ける獣車に何とか女王を横たえて、メルルは申し訳無さそうな顔でその女性を見ていた。息はあるようだ。でも女王の顔には全く生気が感じられない。
メルルは用意されていた物理網と魔力網で二重に女王を縛りながら、ぼそりと呟く。
『この”僕”が、人を縛るなんて。』
もうずっと昔のことに思えるが、田中は縛られる側の人間だったのだ。
そのせいかわからないが、何故かメルルはその女王のことを憎めなかった。言ってしまえば、自分のせいで死なないで欲しいとすら思っている。
ーだってこの人。
同じ世界から来た人かもしれない。
漠然とだがそう感じるのだ。
そして”僕”と同じようにー”生まれ変わり”たかったのではないだろうか。
何故か”美少女”になった僕と違い、この人は”女王”になった。
でもそうだとすると、そんな人を刺してしまったのだ。田中は一瞬後悔しそうになり、周りの様子に目を向けた。
ヴォロスが血の雨を唱えたところだった。
浮かぶ死体が木っ端微塵になり飛び散るのを見て、メルルは”風”でそれを吹き飛ばした。
ー何て魔力だ、あの男。
その向こうでは、勇生とテサが死闘を繰り広げている。
ああ、駄目だ。行かなくちゃ。
メルルは無我夢中でまた獣車を飛び降り、後を隊員達に任せ戦場へ走った。