7:君は誰
勇生は長い眠りから目を覚ました。先ほどまでの夢の情景が鮮明に残っているせいか、今いる場所とのギャップに頭がついていかない。ゆっくり体を起こし顔を上げると、そこにはあの少女がいた。現実離れした少女の姿を見て勇生は昨日の出来事を少しずつ思い出す。
『あー・・・あの、えっと。』
何だっけ。何か聞きたいんだけど何から聞けばいいんだろう。勇生は動かない頭に手をやり考えた。でもこの少女も昨日、わからないと言っていた。そもそもこの少女は何者なんだろう。
『アンタ、誰?』
何だか失礼な言い草になってしまったが他に言葉が浮かばなかった。そもそも最初に出会ったとき、その質問をするべきだったのだと思う。勇生は改めて少女を見つめた。
少女は数歩離れた場所で、何故か肩に木の枝を担いでこっちを見ていた。まるでその質問は想定していなかったように驚いた表情をしている。―実際、驚いていたのだ。バレていないと言い聞かせながら戻ってきた彼は、本当にバレていないことを知ったのだから。彼は考えた。この少女に見合うような名前。カタカナで書けそうな名前。うんと可愛い‥‥。
『・・メ、メルル。』
口に出すとその恥ずかしさから顔は一気に熱くなり、見た目には土色になった。なに、メルルって。もっとあるだろ他にそれっぽいやつが。この際芸能人の名前でも何でもよかったのに。一瞬の内に後悔の言葉が果てしなく頭を埋め尽くす。
『メルル・・・。』
ああほら、やっぱり。勇生の方を恐る恐る見ると困惑した顔でこっちを見ている。
『じゃあ・・・ごめん。』
ああ、もう。何だごめんって。こんなことならいっそ、妹の名前でも使うんだった。彼の妹は四人兄弟の末っ子で、普通の名前に飽きた両親から思い切ったキラキラネームを付けられていた。
『上の名前、てか苗字は?』
そうきたか。田中はげんなりして俯いた。田中だよ。そうは言えなかった。遠慮せず名前で呼んでくれ。そう言ってみようかとも思ったが、そんな風にいきなり近い距離の人間にはなれなかった。
『フィッシュ。メルル・フィッシュ。』
どうにでもなれと思ってそう言った少女を見て勇生は困った顔で小さく呟いた。
『フィッシュか・・・。』
魚か。そう言いたいのは彼にもわかる。でもフィッシュだ。もう決めた。田中は毅然として勇生を見返した。勇生は少し顔の色を濃くしながら少女を見て、少女を呼んだ。
『昨日はいろいろとありがとう。メルル。』
田中、‥‥その瞬間から「メルル」になった彼は、驚きと気まずさを誤魔化すように小さく笑って
『いいえ。助かったみたいだね。』
と何とかそれだけ、答えた。
危うく某有名タイトルを付けたくなってしまいました。今日はPCから。