68:別働隊
王国軍よりも多く戦闘員を失ったはずの碧の島勢は、夜が明けてもまだ退却しなかった。
戦争は殺戮した方の勝ちではないのだ。
ーしかし、胸糞悪い戦いだ。
夜を越え、訓練された兵士達も徐々に疲れを見せていた。湧くように出て来る島民の数も減っていたが、テサは戦線を動かせずにいた。
『・・・、まだか・・。』
テサは獣車の上から膠着を続ける戦場を見渡すと、焦れたようにため息をついた。
テサのいる中央部からは前後の様子が見て取れる。ダリウス率いる前衛部隊は善戦していたが、その後方、中央との間に位置する部隊と後方部隊が崩れ始めていた。
後方では、獣車から引き摺り下ろされた1人の兵士が、複数の島民に滅多打ちにされ倒れていた。その余りに過激な暴行の様子に怯えを見せた隊員が別の島民に狙われ、それを防ごうと前へ出た他の隊員と島民が死闘を繰り広げている。
闘っているのはー・・ガーラか?いつもよりも動きが大振りなのは、絡み付くような相手に対する苛立ちからか。
テサは渋い顔になり戦いを凝視する。
前方をみると、ダリウスが獣車を降り、島民の足を片手で掴み長時間闘っているとは思えない速度でその身体を振り回していた。ー島民で島民を倒す。ダリウスらしい乱暴なやり方だが、その体力には恐れ入る。
しかし、前に進まなければこの戦は終わらないのだ。
”別動隊”を出すかー?
不気味な相手だが、足止めさせるだけならば負担は少ないだろう。テサのいる中央部隊から精鋭だけが動きこの場を抜け出すことは可能だ。
ーしかし何人が女王の元まで辿り着けるだろうか。
テサが逡巡したその時、テサの立つ獣車の上にまた1人島民が飛び乗った。
『・・・。』
テサは黙って横薙ぎに剣を振ると、その胴を迷わず斬り裂く。
その音に振り返ったメルルの顔に血飛沫がかかり、メルルがその白い顔を余計に白くしてテサの上方を見た。
ー新手か!
気付くのが遅れた。メルルがその上空に片手を突き出している。
上空には、いつの間にか大きな黒い影が幾つも並んでいた。
『待て・・!』
テサが焦ったようにメルルの腕を掴んだ。
『今なら打てるのに!』
メルルも焦りテサを見る。ーもっと被害が出る前に。仲間の倒れる姿を見たメルルの顔にいつしか悲壮感が滲んでいる。
上空の黒い影は一気に降下しその姿を皆の前に現した。
『暗黒閃光!!!』
頭上の影から放たれたその台詞と共に、”闇”の魔力が光線となりレーザーのように鋭く戦場に放射される。
『・・・!!』
光線は周りの島民ばかりをことごとく貫いていた。
その光景に息を飲んだメルルの肩を、テサがそっと叩く。
『・・あれだ、・・・つまり。』
驚いたように見上げるメルルを、安堵させるよう少し優しい声でテサが呟く。
『あれが、セルビオ隊だ。』
希少な闇属性の人間ばかりで構成された4番隊は、魔鳥を移動手段とする飛行部隊だ。
その戦力は膠着状態の戦況を翻した。
王国軍は、ようやく乱戦を抜け城へと行軍を開始したのである。
ーーー
碧の島の城内では外の戦いなど嘘のように、ゆったりとソファに座った桜良にマジョルドが紅茶を入れていた。
『民の戦いぶりをご覧になりますか?女王。』
マジョルドが優しく尋ねるが、桜良は憂鬱そうにそれを流す。
『人の争いなど、別に見たくない。』
マジョルドは微笑み桜良を見た。
『では、面白いものをお見せしましょう。』
桜良は気が乗らないままマジョルドに連れられ城のバルコニーへと出た。
一帯の森が枯れ果てたおかげで随分と見晴らしの良くなったバルコニーからは、今まさに島民と王国軍がぶつかっている戦場まで、はっきりと見ることが出来る。
『何なの、あの死体の数は。』
桜良はその有り様を見て美しい顔を歪め、怒ったようにマジョルドを見た。
王国軍は揃いの隊服を着ているため、遠くからでも両者の違いは一目瞭然だった。
あれは、あの死体は島民ばかりではないか。
桜良は不愉快そうにそのおびただしい数の死体を見る。これのどこが面白いのかわからない。
戦場の上空には得体の知れない巨鳥が旋回し、光線を放つ度、バタバタと死体が増えていく。
あれも王国軍なのか。桜良は身震いしながらその様を目に焼き付ける。映画を観ているようにまるで現実味が無いが、今、私は戦争を目にしているのだ。我が島の民が蹂躙される様を。
『アレは、ここに向かっているの?』
桜良は恐る恐るその質問を口にした。
それは当然だろう。アレは私を狙っているのだ。国王の命を狙った私を。
瞬きをする度、王国軍がこちらに近付いて来るように感じる。着実に前進するそれを見続けるのはまさに恐怖だった。
『アレに、勝てると?』
半ば、騙されたのだという気になり桜良はぼそりと呟いた。
マジョルドに私は担がれたのか。
あんな奴らが来て私1人で敵うものか。私はまた死ぬためにここに来たのか。
『よくご覧になって下さい。』
桜良がちらりと見ると、隣に立つマジョルドは戦場を見下ろし嘲笑っていた。
いつも見ていたはずのその顔が突然不気味に感じられ、桜良は戸惑いながら戦場に目を戻す。
ーよく見ろ、って?
折り重なる死体。それを踏み付けるように進む獣車。目を背けたくなるようなその場所に桜良は言われた通り目を凝らす。
重いであろう獣車に踏み付けられた死体が跳ね、折れ曲がった腕や脚が車輪に挟まる。
まるで纏わりつくように死体が獣車に引き摺られていく。
ーいや、違う。
桜良は目を見開いたまま、その様を凝視した。
あれは、死体ではないのか。
血の海に折り重なった死体が、一体また一体と起き上がり獣車へ群がっているのだ。
その様はまるで・・・。
『生ける屍です。』
マジョルドが桜良の考えを読んだかのように答え、薄らと微笑んだ。
まさにそうだ。桜良の知っているものでいうならばその動きはまさにゾンビの様だった。
ゾンビとなった島民達が、またもや王国軍の脚を止めようとしていた。