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63:毒の化身

 テサと、ベルタは応接間に残された光の箱を挟んで向かい合っていた。


箱の中の黒い霧ー(ヒョウ)のような姿のそれは、今にも飛び出しそうな勢いで壁に体を打ちつけている。対して光の壁は徐々に薄く脆くなってきているように見えた。


 『実体があるなら・・・切れるか?』


テサは呟いた。応接間に来る途中、毒をばら撒いた魔女(・・)の話は聞いた。コレもまたその毒の化物だとしたら・・・。


 『テサ隊長!ベルタ隊長!これを。』


急いで部屋に入って来た隊員が2人に渡したのはガスマスクのような口元を覆う防具だった。


 『ありがとよ。』


2人は素早くそれを装着したが、お互いの格好を改めて見てみると口元だけ突き出てまるで猪の面のようだ。相手の姿にニヤニヤしてしまいどうにも締まらない。


 『こんなもんで防げるかよ。』


ベルタが不満そうに呟き、テサはニヤリと口の端を上げたまま答えた。


 『有難い支給品だ。黙って使え。』


ベルタとテサは軍に入った時期こそ違うが旧知の仲だった。お互いが隊長になってからというもの、話す機会は減ったが相手のことはよくわかっている。


 『こいつの正体が毒なら・・・”変成”することは可能か?』


テサの呟きを聞いて今度はベルタがニヤリと笑う。


 『おい。久しぶりにアレがやりたいってか?』


ベルタの言葉にテサは一瞬キョトンとした表情を見せ、その意味を理解すると思い切り顔をしかめて首を振る。


 『まさか。・・・こんな歳になって、”合わせ技”なんてやってられるか。』


ベルタは、だよな。と頷き目の前の箱を見据えた。


 『じゃあいっそ、箱ごと外に放り投げるか?』


ベルタの冗談を、テサは真面目な顔で受け流す。


 『こんな奴、外に出せるか。』


先程までにテサもベルタもお互いの剣で箱を切り付けたが、光の箱は良くも悪くも頑丈で、外からの攻撃すら通さない。


その箱の光が薄れ、毒の獣が大きく体を揺らす度に壁の間に隙間が広がっている。


 『フンッ!』


その隙間にピタリと合わせ、テサが鋭く箱の中に剣を突き刺した。


捉えたか・・・?


ベルタは固唾を飲んで獣を見る。テサの大剣は間違いなく黒い獣を突き通している。


・・・手応えがない。


テサはチッと舌打ちした。しかし更にその剣先から魔力を放出し、内側から獣の破壊を試みる。


 『渦巻く水よ!!!』


テサの剣の周りに水分が集まり、水が水流となり、どんどんその勢いを増し強力な渦を作り上げる。


激しい渦となった水は獣の姿を掻き消し、薄くなった光の壁をも、とうとう打ち破って飛散した。


 『やったか。』


ベルタが称賛の口笛を吹いたが、テサは箱があった場所をじっと睨んでいる。


散り散りになって見えなくなっていた黒い毒の霧が、少しずつ集まり、また元の獣の姿を成そうとしていた。


 『焼き切るか。』


気付いたベルタは素早く剣を構えると、黒い霧の中心を差すようにして呪文を唱えた。


 『燃えよ(つるぎ)!』


ベルタの剣そのものが炎を吹き上げ、ベルタは燃える剣を大きく振りかぶり、獣になりかけているその黒い塊を焼き付くすように切り裂く。


塊はまた散り散りになった。・・・のも(つか)の間、すぐにくっつくと見る見る膨れ上がり、大きな獣の姿になった。


 『うぉ。・・しぶてぇな。』


ベルタはその獣を見上げ、額の汗を拭いた。


ペットは飼い主に似るというが・・・だとしたらコイツの主は相当(・・)しぶといに違いない。


獣は大きく咆哮し、テサの方を向いた。


 『俺に背中を見せるか。』


ベルタは気に入らないように呟き、向かいのテサはやはり額に汗を滲ませながらニヤリと笑う。


 『当たり前だ。』


獣がテサに飛び掛かった。テサはそれを躱さず真正面から斬りかかる。


見事に縦に両断された獣は、またすぐにくっつくかと思いきや2匹の新たな獣となった。


 『俺の相手か?』


いつの間にか間合いに詰めていたベルタが、その後ろ姿に問い掛けながら片方の獣を切る。


同時にテサももう一体の獣を切ったが、事態は思いがけず不利な方向へ進んでいた。


4体になった獣がテサとベルタを囲んだのだ。


テサもベルタも喋るのをやめ、防戦一方になっていた。


水も火も効かない。


切れば増えるのだ。


ーどうすればいい?


噛み付くように喉元に飛び掛かる一体を躱すと、別の一体の爪がベルタの脚を切り裂いた。


切り裂かれた防具の隙間から毒が入ったのか、左脚が灼けるように痛む。 


また別の一体がテサを襲い、ベルタが”燃える剣”を当てるようにしてその獣を追い払う。テサとベルタは背中合わせになり、黙って顔を見合わせる。


 『ギリギリまで引きつけろ。』


2人が動かなくなったのを見て、4体が同時に飛び掛かってきた。テサはベルタの声を聞き、ベルタは目を瞑り数えている。


 『3、2、1。』


ベルタが目を開け、テサは姿勢を低くすると飛び掛かってきた2体の間をすり抜け素早く囲いの外に出た。


4体の黒い獣がベルタに集中して襲い掛かっている。


テサは息をつく暇も無く呪文を唱えた。


 『渦巻く水よ!!!』


放たれた魔力がベルタ目掛けて渦を巻き、ベルタがその渦に重ねるように燃える剣を回す。


 『過熱蒸気(スチーム)!!!!』


それはその昔2人で考えた、火と水を合わせた合成技だった。火や水の単体攻撃が効かないモノにも、熱水や蒸気なら効くことがあるということに気付いたのだ。


渋々使った手段だったが、久しぶりの合わせ技はテサの想像を遥かに超えた威力だった。


熱された水分が瞬時に蒸発し、高温の蒸気となったところまではテサにも見えた。


悔しいが、ベルタの腕も上がったということか。


“水”に捕まった毒の獣は、水と同時に超高温になり”分解・変性”され、渦が消えた時には跡形も無く消え去っていた。


 『・・・ゴホ。』


2人は、熱された空気に咳込みながら驚いて顔を見合わせた。ベルタは過熱蒸気の中に居たせいで服も焼け火傷を負っているが、何とか自力でそこに立っていた。


 『・・・部下の前では、やらんからな。』


テサは僅かな迷いを見せながらも、ベルタに向かって言い切った。


ベルタは困ったように笑いながら、信じられないように自身の腕を見ていた。


ふざけて合わせ技を作っていた若い頃と比べ、強くなったのだ。お互いに。


次やるときは、自分まで火傷しないように考えなくては。


ベルタは久しぶりにわくわくするような思いになり、テサの肩を借りて回復者(ヒーラー)のいる広間へと向かった。

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