62:地の魔法
桜良の通った通路にはわかりやすく、バタバタと衛兵達が倒れていた。兵士の宿舎から出て来た4、5番隊は”女王”を追わず、倒れた衛兵の代わりに急遽、城の各防衛地点に配置されていた。通り過ぎるテサ達は隊員達から情報を得ながら入り組んだ廊下を走った。
毒を受けたという王は寝室に連れて行かれ、王室付きの医者と神官達が総出で回復を施しているらしい。テサとベルタは寝室に目もくれず、被害者が最も出ているという応接間へ一目散に向かった。
『おい、どうなってる!!?』
応接間の大きな扉を開けると同時に、テサは中にいる衛兵に向かって叫んだ。4、5番隊の1部もこの部屋に来ていたのだ。そして彼らの前には大きな光の箱があった。
『テサ隊長!ベルタ隊長・・・!!』
隊員達はやや距離を取って箱に対峙しているが、床に倒れた者達を気にして何をすべきか迷っていた。
『なんだそいつは・・・』
テサは箱の中に蠢く毒霧を見て一言ぼやきながらも、隊員に素早く指示を出す。
『ベルタと俺でコレは何とかする!お前達は怪我人を広間へ運べ!』
隊員達は指示を受けると、見違えるような動きで倒れた人達を運び始めた。
『息のあるものから運べ!回復魔法を使える者は広間へ行け!』
勇生とメルルも、急いで近くの倒れた人の元へ駆け寄る。
『クシド・・・!』
勇生は驚いたように声を上げ、その横たわる人物を見た。倒れていたクシドは細く目を開け勇生の顔を確認すると、またすぐに目を閉じて苦しそうに荒い呼吸を続ける。
『・・・バチが当たりました。』
『すぐ運ぶから。』
勇生は怒ったように言ってクシドを背負ったものの、そのずっしりとした重さで、数歩蹌踉めく。
メルルがそのすぐ後ろで別の誰かを背負いながら、同じように蹌踉けて倒れた。2人が背負うには”大人”は大きく重かった。
『ほら見な。私はいい、っていってんだろ。』
うぅ、と呻いたメルルの上に、覆いかぶさっている誰かがぼやく。背中の人物は強がりながらも喉はゼイゼイと鳴り、苦しそうに咳き込んでいる。
メルルは頑固な顔で首を振ると、鼻唄でも口ずさむように何かを呟いた。
『羽のように軽くなれ、雲のようにフワフワと・・。』
メルルに背負われたエレーヌはその言葉を聞いて驚いたようにメルルを見る。
メルルが呟いたのはラウルのよく使っていた呪文だった。
地の魔法ー重量軽減のその呪文をメルルが唱えると、勇生の背負ったクシドに、メルルの背負ったエレーヌの重さまで少しずつだが軽くなっていく。
『メルル、この魔法?』
勇生は驚いたようにメルルを振り返ったが、ありがとう、とだけ早口で言って足早に部屋を出た。
ーいつの間に使えるようになってたんだ?
それが驚きだが、メルルならあり得る。
勇生はメルルに感謝しながら急いで広間へと向かった。その後ろからメルルも小走りでついてくる。
メルルの小さな背にもたれて居心地悪そうなエレーヌは、何故メルルがその呪文を知っているのか不思議に思いながら、その唄を口ずさむ。
『羽のように軽くなれ、雲のようにフワフワと。』
・・・重たくなったあの子を抱っこしながら、よく歌ったっけ。
その記憶はまるで遠い昔のもののようにボンヤリとしていたが、エレーヌはその懐かしい重さを思い出しながらゆっくり目を閉じた。
ーもう何年会ってないんだろう。あの子が将来もずっと遊んで暮らせるぐらい、稼げてるといいんだけど。
勇生は広間に向かいながら、背に乗るクシドの体温が段々と下がっていくのを感じ、焦って話しかけた。
『クシドは家族とかいんの?』
『魔力の属性ってさ、1人で何個も持てるんだったっけ?』
『なあ、バディスって・・・。』
そこでクシドが、突然勇生の首に回した腕に力を入れたので勇生は苦しくなり慌ててその腕を叩く。
『うっ。クシド!腕!!』
『勇生殿。戦争は恐ろしいものです。』
クシドが急に怒ったように話し出した。
『私にはそれを避ける責任がある。バディスは・・・。』
クシドは悔しそうに涙を浮かべながら勇生の小さな背に顔を埋めた。
英雄の顛末は、勇者に言えるような話ではない。勇者は民の希望となり国の希望となる存在だ。ましてやこのように若い勇者に。
『勇生殿。どうかご武運を。』
それだけ言うと、クシドはまた黙り込みその腕からも身体からも力が抜け落ち勇生の背にヘタリともたれかかった。
『クシド?』
勇生は振り返り背負ったクシドを見たが、その瞼は静かに閉じられていて開かない。
勇生は廊下を必死で走り広間に飛び込むと、クシドを急いでそこに寝かせた。
『クシド!おい!大丈夫か?!』
乱暴にその身体を揺さぶるが、クシドは答えない。
『早くクシドを!』
急いで看護をする者達に声をかけるが、クシドの側に来てその胸を押さえた回復者は、首を振り立ち上がった。
引き止めようとする勇生の手を押し返し回復者はクシドを手で示す。
『手が足りませんので、息のある者をまずは優先させて下さい。』
勇生は驚いたようにクシドを見る。
クシドはもう、息をしていなかった。
心臓マッサージとか・・・。
勇生は信じられないようにそのクシドの胸をそっと押さえる。少しも動かないその胸は、まるで人形のもののようだった。
顔は白く、眠っているように穏やかだ。
勇生はクシドの心臓を両手で押さえ、無言で何度もその胸を押し下げた。
しかしクシドの心臓は動き出さない。
後から入って来たメルルに気付くと、勇生はゴメン。と呟きクシドを見た。
メルルもまたクシドに気付くと驚いたように勇生を見て、途端にその両目から涙が溢れ出す。
クシドの前で座り込んで泣くメルルをぼんやりと見ながら、その隣に寝かされたエレーヌは、自身も時折胸を苦しそうに押さえながら、唄うような諭すような声で呟いた。
『泣くな息子よ、かわいい息子・・。』
少し話の整理をするので、また明日は更新お休みします。
前話までまた少ーし修正してます。