60:王と女王
討伐戦はミミズ、フナムシに続き巨蟻や羽虫と、区分で言えば低級魔獣の群れとの戦いとなったため結果的には両部隊の犠牲者は僅かな数で済んだ。隊は編成し直されながら進み、数日かけて大量の魔獣・・・もとい、魔虫殲滅を果たしたのである。
勇生とメルルは海側、森側から入れ替わることは無く日中はそれぞれ別の部隊で過ごしたが、夕食の時には顔を合わせテサも交え雑談をしながら過ごした。
『どいつもこいつも、元々はもっと南のほうにいた魔獣だ。』
テサが目の前でジュウジュウと焼かれている大蛇を見て呟くと、メルルが感心したように相槌を打つ。
『南の方って、何でも大きくなるんだね。』
確かに、日本でもそういう話を聞いたことがある。勇生はメルルの感想に納得しながらゴムのような食感の蛇肉を頬張った。食えなくはないが、不味い。隊の食糧はほとんどが討伐された魔物の肉や森で採れた薬草の類だった。魔物の肉は魔力の回復を促す効果がありちょうど良いらしいが、お陰でモチベーションは下がる一方だ。
『何で、南からこっちに?』
勇生は不満そうに呟いた。脳裏には、僅かとはいえ死んでいった隊員達の姿が焼き付いている。メルルはその隣で蛇が捌かれる様を見て恍惚とした表情を浮かべているが、テサは勇生の言葉に神妙な顔になり考え込んだ。
『詳しい説明は無かったが、恐らくより強力な"魔物"が縄張りを持ったんだろう。そいつともいずれ戦うことになるやもしれん。』
”より強力”なやつ・・・。
勇生はうんざりして空を仰いだ。魔物討伐に明け暮れ、ただでさえ疲れ果てているのだ。出来ればもう、そんなやつに出会いたくない。
テサは一気に落ち込んだ様子の勇生を見て、フフと口の端で笑う。
勇生とメルルは、兵士として思いがけず立派に戦っているものの時折まだ子供のような顔に戻る。
それを見ると何故か安心するのだ。
勇生は毎日怠そうにしながらもその戦いぶりから、この数日で着実に隊員達の信用を得ていた。一方メルルもまた、度々違うことに気を取られてはいるものの、魔力行使の上手さ・オリジナルの呪文を使う奔放さに信者のような集団まで出来る始末だ。
『お前達、今更聞くが歳はいくつだ。』
テサがふと思いついたように2人に尋ねる。
『・・・何で。』
勇生は案の定、言いたくなさそうにテサに聞き返し、メルルも何故か勇生をチラチラと見ながらその口をつぐむ。
ー変な子供だ。テサは改めて2人を見た。
勇生は特に、素直で無邪気な子供とはかけ離れて、頑固で捻くれている。
『まぁうちの倅よりは下だろうな。』
テサの思わぬ発言に勇生とメルルは驚いた。
2人の反応を見てテサはニヤリと笑う。
『俺に子供がいると思わなかったか?』
思わなかった。勇生は図星が悔しいので何も言わず黙り込む。メルルは正直に大きく口を開けテサをまじまじと見た。
鍛え上げられた肉体のテサはそれだけで若く見え、とても自分より年上の子を持つ親には見えない。
『まぁともかく、次の休みにはうちに来るといい。城程でかくは無いが、食うものくらいは出せる』
テサは、焼けた大蛇をまた大きく頬張りながら2人に呟いた。討伐は今日で終わりだ。明日にはまた、王国へ帰るのだ。
といっても、次の休みがいつになるかはわからないが、この2人の、帰る場所くらいは作ってやらないとな・・・。テサは渋い表情をしながら、硬い肉をごくりと呑み込んだ。
ーーー
伝者に連れられ王国を訪れた桜良は、数日間はそのまま街の中を連れ回され、観光地巡りのようなことをさせられながら、その文化のレベルの違いに驚いていた。
碧の島は桜良の要望により何重にも門を拵えたが、元々の漁村の雰囲気が強く残っている。
どこもそうだと思っていたのだ。この世界はワタシの居た世界に比べ原始的なのだと。
しかし王国は、道や壁、建物全てが統一された造りで街並みが整然として、宿にしても不便なところは一つもなくまるで都会に来たように感じさせられる。
ーこれではまるで、私は田舎者じゃない。
桜良は悔しくなりその唇をギリギリと噛んだ。
こんなところで落ちぶれるわけにはいかない。私には力もあるのだから。何だったらこんな国、乗っ取ればいい。
桜良は、3日目にようやく案内された城の門をくぐりながら、そう自分に言い聞かせた。隣には黒いスーツに身を包んだマジョルドもいる。彼さえいれば、私は”女王”でいられる。
『こちらでお待ち下さい。』
そう言って通された城の応接間もまた、島とはレベルの違う造りだったが桜良はその”差”を知る伝者が出ていくのを確認すると、鷹揚に大きな椅子に腰掛けた。
『ああ疲れた。マジョルド、肩を揉んで。』
『畏まりました。』
そうしてマジョルドに揉まれている内に、徐々に気持ちが落ち着く。
私は”女王”としてこの場所に招かれているのだ。発展途上とはいえ、私は今や、”一国”の・・・まだ国ともいえないが、”島”を統べる者なのだ。
堂々と振る舞えばいい。マジョルドのその手が、そう言ってくれている気がして桜良は満足そうにため息をつく。
落ち着いたところで勢い良く入り口の扉が開けられ、桜良はハッとしたが緊張を隠すように椅子の背にもたれながら、部屋に入ってきた人物を見た。
『これはこれは。お待たせしたようで申し訳ない。』
衛兵を両脇に従え、軽く頭を下げてみせる碧の国王は桜良の想像よりはずっと若く、かつ魅力的な男だった。
桜良は一瞬で先程までの敵対心を忘れ、椅子から立ち上がると手にした扇で火照った頬を隠すようにして上品に会釈する。
『いえ、お招きいただき嬉しく思っております。』
国王は驚いたように桜良を見て、完璧な笑顔を浮かべた。
『思ったよりも”女王”がお若くて・・・驚きました。』
碧の国王の言葉に桜良は嬉しさを隠しきれずぎこちなく微笑み、王は満足そうにそれを見る。
『歳も近そうだし、庭でも見ながら是非あなたとお話がしたいなぁ。ところで・・・”薄気味悪い”そこの人は、”島”の方かな?』
王はマジョルドを見ていた。
マジョルドは王の言葉に僅かに反応したが黙って低く頭を下げている。
桜良は王の発言が信じられず耳を疑った。
ー薄気味悪いって言った?・・・マジョルドが?
この男・・・私の、”執事”を愚弄した?
王は愕然とする桜良の様子には気付かない素振りで、跪いたマジョルドの頭上から無遠慮にその姿を見ている。
『こんな衣装を着せられた”漁師”、始めて見たよ。それに随分と顔色が悪い。まさか、魚が当たったのか?ハハ・・・病気は持ち込まないで欲しいが。』
ー漁師だって?病気が、何だって?
桜良はあまりに横暴な国王の言葉に混乱し周りを見た。この男は本気でこんなことを言っているの?
王の後方には白いドレスを着た、王妃にしては派手な”女”の姿があったが、その”女”ですら桜良とマジョルドを見下げているように見える。
『そうそう。』
混乱する桜良の気持ちをよそに、目の前の男は上機嫌で話を続ける。
国王はこの面会を心の底から喜んでいた。
ークシドが気にしていたから、どんな面倒ごとかと思いきや・・・簡単に懐柔出来そうな”ちっぽけな女王”じゃないか。こうなると、王・・・ブルーセスに取って、その存在は新しい玩具に他ならない。
『もしよければ、今晩は僕の部屋に泊まってくれてもいい。ああ、その”漁師”殿は、釣り小屋がいいかな?』
桜良は額に血管を浮かべながらも薄らと微笑みながら、ユラリと国王に近づく。
ー何だこの男は。
まず第一に、私の執事を馬鹿にした。
それだけではない。この私の国を、この世界でのワタシをも愚弄し、貶めようとしているのだ。
ー許せない。
いや、絶対に許してはいけない。
桜良は体内に溜まった毒を練り上げ、体を小さく揺らしながら一歩また一歩と王に近づく。
『そう・・。それは嬉しいお誘いだわ。』
そして王に抱き付くようにして耳元で囁いた桜良は、王の軽薄な唇に自分の唇を重ねるようにして、作り上げた毒を一気に噴き出した。
少し半端なところですが、続きは次話で。