59:海側の戦い
メルルがミミズと戦っていた頃、テサ率いる海側部隊は、海岸沿いに湧き出るように姿を現したフナムシのような魔獣の群れと戦っていた。
『チッ。』
先頭で剣を振るテサが舌打ちをする。
硬い甲殻に覆われたフナムシの体は矢も通さず、この隊に多い風や水属性の魔力攻撃は効かなかった。かろうじて刃の類で傷を付けるとダメージを与えられるが、何しろ数が多いのだ。
『ギャ!!』
隣の勇生が振り降ろした火竜の剣を受け、一匹が倒れる。・・さすがは火竜の剣だ。その刃が与える”熱傷”は硬い甲殻をも破壊し、この場で、現状最大の戦力となっている。
後の戦いを考え、勇生には魔力を温存するように言っておいたが・・・この数で魔力無しでは不利か?
テサは後方をチラリと振り返る。
皆、剣や槍などの力技で魔獣とやり合っているが一対一では勝負にもならず2人1組で攻撃している。幸い犠牲者はまだ出ていないようだが・・。
テサは目の前の魔獣を観察する。倒しても倒しても海から地面に這い上がってくる彼らの不気味な姿を。
こいつらは何のために今、”陸”に出て来た?
ー恐らく食事のためだろう。
何故”人”に群がる?
その小さな口らしき箇所からは細いストローのような管が伸びている。先端は鋭利に尖っていてあれは捕食器官だろうか。
人の体はほとんどが水分だ。彼らにとっては水袋も同然なのだ。
テサは対処している一匹の腹に剣を突き立てながら、そこまで考えた瞬間、背後で悲鳴が上がった。
『・・離れろ!!』
今まさに、テサの背後で1人の隊員がフナムシに剣を取られ、襲われていた。
テサは走って斬りかかるが、一瞬にしてフナムシに水分を吸い尽くされた隊員は既に骨と皮だけの姿になっていた。
水を得たそのフナムシは、体を小刻みに震わせながら、高く咆哮する。
『ギュオォォォォオ!』
その声に周りのフナムシが答え、隊員が次々に悲鳴を上げる。組んでいたはずの隊員は入り乱れ、場は荒れ騒然としている。
ジャンも海側にいた。相方が餌食になり、恐怖の中必死にフナムシの多い手脚と伸びてくる管を避けるがその巨体を生かしフナムシはジャンに覆いかぶさる。1匹を何とか払い除け、ジャンはその背に剣を突き立てた。
ーッハァ。
ひと息ついたところへ、背後にまた別のフナムシが襲いかかる。クソッ。ジャンは舌打ちしながら身を翻し、フナムシが起き上がった拍子に見えたその首に向かって剣を突き上げる。硬い背中よりは腹側が弱いようだ。
もがくフナムシから剣を抜く間も無く、その腕に別のフナムシの管が突き刺さる。
『ヒイッ。』
悲鳴をあげたジャンの横で、その細い管が絶ち切られた。
切れた管から消化液が飛散し、ジャンは咄嗟に目を覆う。その腕の隙間から見えたのは火竜の剣を振る勇生の姿だった。
ジャンはその姿に目を見張る。
ジャンよりも小さなその体で次から次に魔獣を切り裂き、無我夢中で剣を振るその姿はまるで人外の・・・良く言えば、“闘神”のようだった。
足元には無残にも皮だけになった仲間の遺体が転がり、自身も消化液を浴び服は破れ流血しているのだ。それなのに勇生は脇目も振らず剣を振るっていた。
『ボヤッとするな!』
突然響いたテサの声にジャンはハッとした。まだ戦いは終わっていない。テサは周りの隊員を叱咤しながら自身も次々に魔獣を切り捨てている。
『”口“だけ避けろ!!よく見て戦え!』
仲間の遺体を前に呆然としていた他の隊員もまたテサの声にハッとして立ち上がる。
・・・数時間に渡って、戦いは続いた。
残った隊員達が協力し合うことで犠牲者は最初の数人に留められた。
倒した魔獣の数が100を超えようかという頃、ようやく魔獣が海から上がってこなくなった。
終わりの気配と同時に、疲れ果てた隊員達は力が抜けたように次々その場に座り込む。
その中で勇生を見つけ、ジャンはフラつきながらも近寄ってその肩を叩いた。
ビクッと振り返った勇生の顔は血だらけで放心状態だった。まだ戦いの経験も少ないのだ。無理も無い。
『拭けよ。』
ジャンは腰に巻いていた布を勇生に渡した。
『・・・。』
黙って布を受け取った勇生は顔や腕を拭き、ジャンを見て呟いた。
『あのヒト・・。』
その視線の先には皮になった隊員の姿がある。昨晩寝込んだ勇生に、粥を持って来てくれた隊員だった。見分けがつかない程ぺちゃんこの体に、青い入れ墨が残っている。
『皆、戦って死ぬ覚悟は出来てる。"国"が家族に保証金をくれるからな。病気で死ぬよりマシさ。』
ジャンは勇生が返した布で自分の傷も拭きながら明るく答えた。
『そんな・・。』
勇生はその言葉を聞き、考え込むように俯く。
『"魔物"討伐はまだいいぜ。苦しむなよ、勇者。』
ジャンはその背中を思い切り叩いた。
『痛っ!』
思わずジャンを睨んだ勇生に、ジャンはカラカラと笑う。
海側部隊は犠牲となった隊員の遺体を丁寧に埋葬した。この国では戦士は戦地に葬られるのだ。土の上に置かれた藁に小さな火がつけられ、仲間達で死者を弔う。
炎は次第に大きく燃え上がり、その煙が細く空へと上っていく。
『傷を手当てしろ。動けるものは集まれ。次が来るかもしれん。』
テサの重い号令で、隊員達はようやくその場を離れた。
前話少し修正しました。