58:大ミミズ
夜が明け、何故か息を潜めていた魔物の気配が再び動き出すと王国軍は計画通り二手に別れ討伐に動いた。
勇生はテサ率いる部隊に入り海側へ。
メルルはベルタ率いる部隊に入り森側へ。
テサと組む勇生はともかく、ほとんど知り合いのいない3番隊と行動することになったメルルは不安でしかなかったが、3番隊の皆はメルルを大いに歓迎してくれた。女性隊員のサリーもその中の1人だ。
『寂しそうな顔すんじゃないよ。』
ニヤリと笑いながらサリーがメルルの背中を叩く。しなった腕がバチン、と小気味良い音を立て、メルルはその衝撃でフラついた。
『メルルちゃん、大丈夫か?!』
そこへ直ぐさま3人の隊員が駆け寄り、メルルの手を取ろうと揉み合いになる。隊は和やかなムードで行進しているが、野営地から離れるほど、魔物の気配は濃くなっていた。
『”群れ”がいるな。』
先頭を行くベルタが呟いた。
その言葉を聞いた隊員達の間にも、ようやくピリッとした空気が走る。
『アンタ、風を使うんだろ?』
サリーが突然メルルの耳のすぐ横で囁き、メルルは一瞬ドキッとして頷いた。
『ちょうどいいや。私と組んでよ。私、”火”なんだ。』
サリー曰く、3番隊では相性の良い属性同士で合わせて攻撃を行うことがあるらしい。
メルルは驚いた。テサ隊では”一緒に”攻撃なんてしているのを見たことは無い。個々の能力が高いためだろうか。
・・・火と風。確かに相性は良さそうだ。サリーの”火”を、メルルの風で大きくし魔物まで運ぶ。
出来るだろうか?でも、面白そうだ。
『うん。やってみる。』
メルルは瞳を輝かせ、小悪魔のように無邪気な笑顔を返した。サリーは一瞬眩しそうに目を細めた後、満足げに頷く。
隊には“索敵”専門の者がいた。その感知した魔力を元に、ベルタが素早く指示を出す。
『左右に展開しろ。囲むぞ。』
テサとも違うがよく通るその声に従い、隊は茂みの中をまた二手に分かれた。
メルルは注意深く周りを見るが、魔物らしき姿は見えない。ーどこだ?確かに気配を感じるのに居場所がわからない。
ある程度距離を取って左右に展開した部隊は、ベルタの合図と共に止まり、"何か"を挟むように向かい合った。
どこにいる?メルルはチラリとサリーを見るが、サリーもわかっていないようだ。茂みに身を隠し、息を潜めて様子を窺っている。
向かいの茂みにいるベルタが、隣のバースに指示を出し、バースがメルル達との間の地面に火矢を放つ。
矢には特殊な火薬が塗られていたのか、物凄い量の煙を出しながらまた一本、もう一本と次々にその付近に放たれる。
煙のせいで段々と目の前がぼやけてきた。
ーこれは、一体何を・・・?
メルルが目を凝らすと、煙の中で何かがモゾモゾと動く。
『出たぞ。』
隣のサリーがメルルの肩にそっと触れる。
そのモゾモゾは次第に数を増し、煙の中でお互いに揉み合い絡み合っている。
『うわぁ・・・!』
メルルはその姿を確認し思わず声をあげた。
地面から出て来たそのおびただしい数の魔物はまるで、巨大なミミズのような姿をしていた。
『げぇ。』
サリーを見ると、手で口を覆い気持ち悪そうにしている。
メルルはそのあまりにも巨大な姿に驚き、少し興奮していた。
・・・ミミズはさすがに食べたことはないが、友達のいなかった田中にとって彼らは貴重な遊び相手だった。
『山ミミズより大きいや。』
メルルはこっそりと独り言を言う。向こう側で、戦いは既に始まっていた。燻し出された大ミミズ達は口から粘液を出し、それを浴びた隊員が悲鳴を上げている。
『やるよ。』
サリーがメルルに声をかけ、粘液を避けるために盾を構えながら呪文を唱える。
メルルもまたサリーの真似をして盾を構えた。
『火気よ』
サリーの手の先から炎が射出された。近距離戦に向いたその炎だけでは、ミミズの元へ届かないだろう。メルルはその炎に向けイメージを作り上げながら呪文を唱えた。
『そよ風よ、燃焼させて!』
メルルの手の平の上でふわりと生まれた空気が、周囲の酸素を吸収しながら膨らみ、サリーの炎を包み込む。
そして次の瞬間、爆発的に膨れ上がり火の玉となった炎は成長する勢いのまま大ミミズに向かっていき、その肉肉しい塊にぶち当たった。
向かいの隊員達から大きな歓声があがり、大ミミズが一気に炎に包まれる。
『わお。』
サリーが驚いたようにメルルを見た。
想像を遥かに超えた上手さだ。
『やるじゃん。』
サリーに、褒められ、メルルは嬉しそうに笑う。・・・本当はもう少しあの巨大ミミズを観察したい気持ちもあったが・・。ミミズは炎に巻かれながら大きく伸び上がり、その高さはメルルの身長の倍程もあるのだ。
・・魔物だもんね、とメルルは少し残念そうに呟いた。
『休む暇は無いよ!』
ひと呼吸つくとサリーがまた手を上げ、メルルもそれに合わせて呪文を唱える。
次から次にミミズが燃え上がり、火を逃れたミミズは他の隊員により切り裂かれ、周辺に焦げた匂いやミミズの体液、粘液が混ざった異臭が漂う。
辺りがその鼻をつく異臭で満ちた頃、ようやくその戦いは終わった。
こちらに負傷者はほとんどいない。ミミズの粘液により皮膚が腫れたものがいる以外は、圧倒的勝利だった。
しかしその匂いと不気味な残骸とで隊員達のやる気は落ちていた。
『次に進むぞ。一旦集合しろ。』
ベルタの容赦ない言葉に、隊員達が方々から集まる。魔物はミミズだけではないのだ。隊員達がため息を付く中、メルルは次に現れる魔物を想像し少しウキウキし始めていた。
少しバタバタ書いたので修正するかもしれません。