56:南方境界にて
王国南方の境界付近までは、高速獣車を使っても丸1日かかる。3番隊と共に勇生達が目的の野営地に到着したその頃、ちょうど碧の島から”女王”とその執事ーマジョルドが、伝者と共に王国に向かって来ていた。
野営地に到着した後、テサは臨時の3番隊副長として隊長ベルタと討伐会議に入り、勇生、メルルは3番隊隊員と共にテントの設営を手伝っていた。そこへ数少ない女性隊員、サリーがやってきてメルルに声をかける。
『メルル、炊き出しの方もよろしく。』
『あ、はい!』
メルルは緊張した様子でパタパタとサリーに着いて行く。サリーはすらりと長身で一見強面の女性だが、妹がいるらしくメルルのことをよく気にかけてくれていた。勇生はそのメルルの後ろ姿を見送りながらテントを固定するロープを引っ張り、その端を地面に打った杭に結び付ける。
『ユウキ、もう少し張って!!』
テントの向こう側で、同じようにロープを引っ張っていた3番隊のジャンがユウキに叫んだ。
ユウキは一度結んだロープを解き、もう一度体重をかけそれを引っ張る。傾いていたテントの支柱が少しずつ真上へと動いていくのを見ながら、ジャンと加減を調整していたー・・・その瞬間だった。
生ぬるい風がその気配を運んで来て、ユウキの全身に突然鳥肌が立った。
思わず手を弛めた拍子に、テントのバランスが崩れジャンが悲鳴を上げる。
ユウキはハッとしてロープを引き直すがその気配は消えない。
・・・これは、何だー?
ユウキは辺りを見回し咄嗟にメルルの姿を探した。・・・いた。メルルはサリーと共に大鍋を運んでいたが、その足はピタリと止まりサリーが戸惑いの表情を浮かべている。
ー今まで遭遇してきた魔物の"気配"じゃない。
近いところでは火竜の剣の周りに満ちていた業火の瘴気に似ているが、こんなに重い気配を感じたことはないはずだ。
勇生は全神経をその気配に集中した。・・・海側から西の方角。”門”のある辺りだ。その気配の元の"何か"は、ほとんど抑え切れない魔力をダラダラと漏らしながら移動している。その、何とも気味の悪い魔力を。
『”何か”が近づいて来る。』
勇生の言葉に、ジャンは、え!?と聞き返しながらまだロープを結んでいる。サリーと大鍋を運んでいるメルルもまた、気配の方を視るように首を小さく傾けている。
『何これ・・。”魔力”ダダ漏れ。』
ーこれじゃ、まるで・・・。
メルルはその先の言葉を飲み込んで、ちらりと勇生を振り返った。勇生の額には、大粒の汗が浮かんでいた。
ー気分が悪い。
忘れていた傷が膿んで、何かを蝕んでいるようだった。それとともに強烈な吐き気を覚えて勇生は急いでロープを結んだ。
勇生の様子がおかしいのに気付いたジャンが、勇生を張ったばかりのテントに寝かせる。
横になりグッタリとしていた勇生の目に、心配そうに覗き込むメルルの顔がぼやりと写った。
『・・・大丈夫?』
至近距離のメルルに焦って顔を背けた後、恐る恐る勇生は尋ねた。
『ーアレ、気づいた?』
掠れた声しか出せなかったが、メルルはコクリと頷き不思議そうに勇生の顔を覗き込む。
『嫌な感じだった。でも・・・。』
例えばあの、呪いとはまた違う。それに、何というか・・・。メルルは勇生の辛そうな様子を見て、しばらく考えていたがその先を言葉にするのを止めた。
”似ている”
漠然とそう感じたのだ。
『大丈夫、もう通り過ぎたよ。』
メルルは労るように言って、勇生を安心させるようにポンと肩を叩いた。
『うん。』
勇生は返事をしてまたすぐに目を瞑る。こんなきつそうな勇生を見るのは初めてだ。
『大丈夫だからね。』
田中はもう一度呟き立ち上がった。
そしてテントを離れまたサリーの元へと戻る。
『どうしたんだい。アンタの彼氏。』
サリーが笑いながらメルルの顔を覗き込み、田中は慌てて手を振った。
『いや。そんなんじゃ・・。』
ああ、いや、そういうことにしておいた方が都合がいいのか?とブツブツ言いながら、またメルルは頭を抱える。サリーはメルルのその姿をニヤニヤとしながら眺めた。