54:故郷
『すまんな。そんな訳だ。』
テサはバツが悪い顔で頭を掻いた。その前には勇生とメルルが立ち、黙って事情を聞いている。
王国1番隊は、本来なら今日から束の間の休暇に入る予定であった。そのことが言い渡されたのもつい先日だが、毎年この時期に1、2番隊と3、4、5番隊が交代で休暇に入るらしい。
『帰るっていっても・・・おばばのところ?』
『いや、ラウルも一緒じゃないと、おばばに殺される・・。』
”休暇”を前に2人が途方に暮れそんなやり取りをしていると、テサがやって来た。
そしていつものように頭を搔きながら、ぶっきらぼうに言ったのである。
『お前達、休みに入ったら俺の家に来るか・・・?』
勇生とメルルは顔を見合わせ驚いた。テサは『何もねぇ田舎だけどよ』とブツブツ呟きながら、『返事は夜までにくれ。』と言い残し、そそくさと去っていった。
2人は長々と相談した結果、有難く誘いを受けることにした。そして、次の日には城を出てテサの故郷へ向かうことになったのである。正直、緊張はするが楽しみでもあった。
実はメルルは、テサが来る前にギンザからも誘われていた。しかしテサとの方が断然安心して過ごせそうだった。勇生はテサのところへ行くのを迷っているようだったが、ギンザを断るため、メルルが勇生を説得してテサの故郷へ行くことにしたのである。
しかし今朝になってテサはすまん。と2人に頭を下げた。ーそれが今の状況だ。
テサの故郷は王国南方にある、小さな漁師町らしい。
『今回はうちの出番じゃ無いんだが、何しろ俺の知ってる辺りなもんでな・・・。』
テサは眉を下げながら2人に話した。”南方”に出没している魔物の討伐に3番隊が向かうらしい。本来ならテサも休暇に入るところだが、故郷の近くの”異変”を無視できない。
休暇を返上し、テサは3番隊と共に討伐へ向かうと言う。ー4、5番隊は城に残り護衛にあたるのだ。
『ガーラの家が城下町だからな。お前達のことはガーラに頼んでおいた。』
既に出発の装備を整えた様子のテサはそういうと、最後にもう一度、予定が変わっちまってすまん。と言った。
メルルは少し寂しそうに、わかりました。と答えたが勇生は納得が行かないようにムスッとしている。テサは話を終えるなりくるりと踵を返した。
メルルは、そっと勇生の肩をつついたが勇生は不機嫌そうにそのテサを呼び止める。
『待って。俺も行く。』
テサはその言葉に驚いて振り向き、メルルもまた驚いて勇生を見る。
振り返ったテサは、何も言わずじっと勇生の顔を見るが、勇生もまた口を固く結び、黙ってテサの顔を見返す。
『・・・。』
困ったように顎ひげを擦りながら、テサはメルルに視線を移した。
メルルもその間ずっと考えていたが、テサと目が合うと、意を決したような顔でその言葉を口にする。
『・・力になれると思います。休みは無くていいです。』
テサは今度こそ本気で驚いた。勇生の方はガーラの家に行くのも嫌だといいそうな気がしていたが、まさか2人して、討伐の方へ来ると言い出すとは。
『部下に休みを返上させるわけにはいかん。』
テサは動揺しつつも律儀に上司たる姿を見せたが、2人は頑として譲らない。
『休みは別にいらない。』
『人手、足りませんよね?』
『ううーむ・・・。』
しぶとい2人と押し問答を繰り返した末、テサはとうとう天を仰いだ。
『うむ・・・。わかった。言っておくが、我が儘を聞いてやる訳じゃない。それと休みは別の機に入れてもらう。』
苦しいがそう言うしか無い。人手が不足しているのは間違いないのだ。勇者2人の存在は、他の隊員の士気向上にも繋がるだろう。
テサはすぐ出るぞ、準備しろ。と2人に告げると、ガーラにも変更を伝えるため急いで宿舎に戻った。
その頃、城を出て”碧の島”へ向かっていた伝者は、ようやく姿を現した半島の手前で馬を停め、それを見て躊躇していた。
半島に近づくにつれ木々や草花は枯れ、魔物どころか鳥の気配すら無くなった。
『これが・・・?』
境界などなかったはずのその入り口には、いつの間にか大きな鉄格子の城門が作られ道を塞いでいた。
これがー、”女王”とやらの仕業なのか?
伝者は息を飲み、その不気味な城門を見上げた。