52:メルルの盾
『うぅむむ・・・そうですなぁ。』
王国軍専属の装備屋ー鍛冶職人のムタとメルルは顔を寄せ、神妙な面持ちで向かい合っていた。
目の前には大きな紙が広げられ、様々な装備のデザインが走り書きされている。
前回捕獲した海竜の”分解”と”乾燥”がようやく完了し、専用の武具を持っていなかったメルルが優先してその一部を貰えることになったのだ。
竜から採れた材料を使って、オーダーメイドの武器もしくは防具を作ってもらえるのである。
テサ隊の皆が、自分よりも是非メルルに、と言ってくれたのだ。そして鍛冶職人もまた”風の勇者メルル”の武具を作れると聞いて張り切っていた。
本当に有難い。
しかしメルル自身は、自分に必要なものが何なのか、決めきれず困っていた。
『メルルちゃんに最強の盾を。』
『勇者・・いや女神メルルに最高の剣を。』
隊員達はその場に顔を出しては口々に勝手なことを言って去っていく。メルルはその都度悩んでしまい、何を頼むか全然決まらないのだ。
朝から始まったムタとの打合せだったが、もう昼になろうかという時間に差し掛かり、勇生がふらりと様子を見にやって来た。
『何か決まった?』
メルルはホッとしたような、くたびれたような顔で首を横に振る。
『ううん。”風”を出すのに武器はいらないから防具がいいかなと思うんだけど、剣がいいっていわれるとそんな気もして・・・。』
ムタと勇生は顔を見合わせる。
そしてボソボソと相談を始めた。
勿論勇生にも竜の一部を貰う権利があるのだ。今使っている剣のアップグレードも可能だと皆が言っていた。
メルルが見ている前で、2人は大きく頷き合い、紙上へ何か書き込んでいる。
『このように?』
『コレのここを、こうしてさ。出来る?』
ムタは不敵な笑みを浮かべ楽しそうにしている。
『ええ、ええ勿論です。』
いいな、あっちはどうやらスムーズに決まったみたいだ。メルルが2人のやり取りを羨ましそうに見ていると、相談を終えたらしい勇生とムタが2人してメルルの方を向いた。
『では完成をお楽しみに。』
『メルルの分、決めたよ。』
驚くメルルにムタが澄ました営業スマイルを見せる。
ー勇生はてっきり自分の剣の相談をしているものだと思っていた。
『あ、、ありがと・・・。』
メルルは戸惑いながらも礼を言った。この世界に来てからというもの、勇生の”印象”は随分変わった。たまに”中身”が変わったのかと感じる程、あの頃の暗い怒りを抱えた彼はなりを潜めている。
今のこれは、”僕”が”田中”だと知らないからこそ、見られる一面だとはわかっているけど・・・。
メルルは一瞬複雑な表情を浮かべたが、直ぐに気を取り直し楽しそうな表情に戻る。
『どんなのが出来るんだろ・・。楽しみだな。』
過去はさておき、勇生は今や大切な仲間だ。
この世界では唯一の”旧知”の人であり、家族にも近しい存在なのだ。だからこそ、この”秘密”は隠し通す。彼をがっかりさせたくない。
メルルは心の中でそう誓いながら、勇生と共に昼の食堂へと向かった。
ーーー
それからまた二週間程が経ち、メルルの元へムタが訪ねてきた。
『完成しましたもので、いち早くお届けしたいと思いまして。』
そう言って恭しく包みを開き取り出したのは、見るからに軽そうな、小振りな丸い盾だった。その軽さとは裏腹に、全体を埋め尽くす細かな飾り彫りが美しく、磨き抜かれた職人技が惜しみなく使われたことがよくわかる。
ムタはそれをメルルの左腕に装着してみせる。裏面に付けられた太いリング状の装着具に腕を通すことで盾は無理なく固定され、更に手の平で握るための取っ手も付いていて取り回しも申し分ない。
『わあ!!!格好いいね!!それに軽い。』
メルルは嬉しそうにそれを構え、ポーズをいろいろと試してみる。
『サイズもピッタリ。ありがとう!!』
ニコニコとそれを見守るムタにメルルはペコリと頭を下げた後、不思議そうにその盾の表面を見て聞いた。
『あの、ところでコレは・・・?』
半球状になったその盾の表側には鈎状の鋭い爪が付けられていた。全体的に白銀で美しい盾の中で、その爪だけは黒く禍々しく目を背けたくなるほど尖っている。
『こちら、海竜の爪を使用しておりまして、守りながら敵を切り裂くことも可能となっております。』
ムタはその質問に嬉しそうに答えた。
切り裂く・・・!!そうか、武器にもなるのかこの盾は。メルルは驚いた顔でその爪を見る。
『ユウキ殿の案ですが名案ですな。』
ムタはニコニコとしてその爪の威力について説明する。この鉤爪に傷付けられたものは神経に毒を受け、瞬時に体が麻痺するのです。
『何か・・・すごい、恐い盾。』
メルルが腕に付けた盾を若干引きながら見るとムタはそれすら褒め言葉として受け取ったようで、ニヤリとして続けた。
『ユウキ殿より、メルル殿を襲うモノを殺せる盾を、と仰せつかりました。』
『へ、へえ・・・!』
田中はそっか、この世界はシビアだもんねと呟きながらその盾をおっかなびっくり腕から外す。
・・・いつか、本当にこれを使う日が来るのだろうか。来ないといいのだけれど。