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50:名誉

王国へと戻ったその夜は、討伐に参加した3隊を含む全隊員での祝勝会となった。


その会は勇生とメルルの歓迎会も兼ねていたようで、2人の席は上座に用意されていた。そこにクシドや王の姿は無く、勇生はどこかほっとして席に座る。


兵士達は皆、陽気で気さくだった。それにつられて勇生とメルルも、いつの間にか大きく口を開け笑っていた。信じられないことだが、その集まりが楽しかったのだ。

ガーラは勇生と肩を組み歌を歌い、ギンザはメルルの隣で弦の付いた楽器を弾いていた。どうみても10代のマリオンも酒を手に千鳥足で踊っていた。勇生もメルルも、まさか王国の"兵士"達と笑い合うことがあるとは思ってもみなかったが、その日の夜は特別だった。


次の日、訓練は・・・休みだと聞いていたので勇生がのんびりと朝寝していると、乱暴にドアが叩かれた。


・・・もしや、今日はクシドの講義が?


勇生がヨロヨロとベッドから起き出しドアを開けると、まだ酒臭いテサがそこに立っていた。


『おう。起きたか勇者よ。』


勇生の顔を見るとテサは軽く手を挙げ皮肉混じりに挨拶をする。


『おはよう・・、ございます。』


勇生はそのテサに小さく頭を下げた。


『午後から凱旋がいせんだからな。それを伝えに来た。』


凱旋・・?


テサの言葉に頭が付いていかず、勇生はぽかんとする。


『お披露目だよ、竜討伐のパレード・・・・だ。』


テサは面倒臭そうに言うと、くるりと向きを変えメルルの部屋をノックした。そして同じことを繰り返すと、時間を惜しむかのようにさっさと去っていく。


『すごいね。パレードだって。』


フワフワと様々な方向に跳ねた髪のまま、ドアを開けたメルルが大きな瞳をパチクリとさせこちらを見る。


『うん。』


勇生は半信半疑のまま頷いたが、パタパタと忙しく駆け回る侍女達の様子を見ているとどうやらそれも本当のようだった。そうしている内に2人の部屋にも軍の”正装”用衣装を抱えた侍女が訪れた。


『本日は式典の後、城下町へ凱旋に出ていただきます。』


短く説明しながら、侍女は身の回りの支度を整えていく。


『今日は、クシドはー?』


勇生は何の気なしに聞いた。世話係のクシドは毎日何かと顔を出すが、今日はまだ見ていない。


『クシドは外交のため不在でございます。』


侍女は衣装の胸に飾りを着けながら答えた。


ー外交。そんなこともやっているのかクシドは。


勇生は少し感心しながら革の靴を履く。バタバタと急ぎ足だったが、何とか一通りの支度を終え侍女は部屋を出た。


すると一息着く間もなく、またドアが叩かれた。ー今度は”叩き方”だけで誰かわかったが想像通り、廊下には”正装”に身を包み軍人らしく背筋を伸ばしたテサが立っていた。


『付いてこい。』


その後ろにはメルルがちょこんと顔を覗かせている。先程までのフワついていた髪はしっとりとまとめられ、豪奢な飾りを巻き首に沿うようにして横へ流れている。


『へへ。』


照れたように笑う声がまた可愛い。勇生だけでなくテサもまたゴホン、と恥ずかしそうに咳払いをして向きを変えた。


『行くぞ。』



ーーー



”勇者”のお披露目の時と同じく、王はバルコニーの前で皆を待っていた。その傍らには、高い台座に乗せられた海竜の”首”がある。


勇生の『雷撃』によりその皮膚表面は黒く煤けていたが、ドアを通るかどうかというその大きさと、王を睨むかのように開いたままの眼が死してなおその迫力を醸しだしている。


『揃ったようだね。』


王は皆の顔を見渡すと微笑み、静かにまたその扉を押し開ける。それと同時に前をしのぐ程の歓声が勇生の耳にも聞こえてきた。


『勇者殿、万歳!!』

『王国軍、万歳!!!』


『メルルちゃーん!!!!』


確実にメルルへの声援も増えている。勇生がチラリと隣を見ると、メルルは引き攣った笑みを浮かべ下を見ていた。


田中メルルは嬉しいのだ。本当に嬉しい。がしかし、当然ではあったがその下にいるのが何しろ"男"ばかりなのだ。


ーアイドルって大変なんだ。


田中メルルは誰にも気づかれないように、そっとため息をついた。昨夜も、ギンザが隣にいて楽しかったのだが、すごく疲れた。


モテるって大変なんだね。


田中は会ったことも無いアイドルに勝手に親近感を抱いた。


でも優しくしたい。特に”僕”のようなー・・周りに嫌われてしまう不幸なたぐいの人には。


メルルはその一心で精一杯手を振った。


勇生はそれを不思議そうに見ている。


王は最初にテサ、次に勇生の名を呼んだ。


『ユウキー。剣に選ばれし"勇者"よ。』


勇生は見よう見まねで王の前にひざまづく。


『汝はその剣に恥じぬ戦いをした。よって名誉を授けよう。』


頭を垂れた勇生の上で、王が朗々と宣言する。


『これよりそなたはユウキ・トルエノー”雷”の勇者を名乗るがよい。』


名前を与えられるとは思わなかった。ー何て言ったっけ?


勇生は肝心のその部分を聞き逃して困ったようにメルルを見た。


しかしメルルは青ざめた顔でこちらを見ている。


仕方がない。


『ありがとうございます。』


後で誰かに聞こう。勇生はそう思いながら礼をしてテサを見た。そういえばテサも本名は長い名前だった。この世界ではこんな風に名前が変わるのか。


次に呼ばれたのはメルルであり、同じように名前が与えられた。


『これよりそなたは、メルル・アネモス・”フィッシュ”ー風の勇者だ。』


田中メルルは下を向きその困惑を押し隠した。勇生にそう名乗ってしまった手前、侍女に名を聞かれた時にも”メルル・フィッシュ”だと言っていたのだ。

それがここまで正式・・に公表されてしまうとは。


いやしかし、全体が長くなると”フィッシュ”の違和感も薄れて逆に良いかもしれない。


田中メルルは自分を励ましながら、気持ちが落ち着いたところでゆっくりと顔を上げた。


『有り難うございます。』


その恥ずかしそうな控えめな微笑みに、近くにいた衛兵達はもとより街の男達が皆、頬を緩める。


可愛い・・。


皆の心は一つだった。


あれ。そういえば、フィッシュの前は・・・何て呼ばれたっけ?


メルルは目を泳がせ勇生を見たが、勇生もニヤケてこちらを見ているだけである。


2人はその後兵士達と共に半日かけて街を回り、くたびれ果てたところで名前がわからずテサに叱られ、自分の通り名を隊服に縫い付けられるという、勇者として余計に恥ずかしい事態を引き起こしたのであった。




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