49:海の暴君
海竜は別名”海の暴君”と呼ばれているらしい。ーそれを教えてくれたのはテサ隊で勇生の次に若い、マリオンだった。マリオンはテサやガーラと違い、兵士にしては柔和な顔立ちの好青年だ。
『今回は、大掛かりな捕物になるぞ。1番隊だけじゃなく2番、3番隊も出るからな。』
マリオンの話によると、海竜は”竜”の中では生息数が多いがこの地域に現れることは稀だということだった。しかし"竜"と分類されるだけあってひとたび王国付近に留まれば周辺環境や生物に魔力による膨大なダメージを与えるため、即刻排除対象となるらしい。
大まかな動きとしては1番隊が先攻し2、3番隊が左右後方から連携・援護する。話だけ聞くと簡単そうだが、そんなに上手く行くのだろうか。
竜の骨や血は強力な武具になるし、手柄を取れば褒美としてその一部を貰えるからな。皆張り切ってる。マリオンは勇生の剣を見てニッと笑った。
王国軍は6台もの馬車ー馬車と呼んでいいものか、猪のようにずんぐりとした魔獣の引く高速獣車で海岸へと到着すると、今度は港に待機していた3隻の船にそれぞれ乗り込む。
船が沖へと進むに連れ、海は何かを拒絶するかのように荒れ出した。城付近の青空が嘘のように辺りは曇天に覆われ強風が吹き波は白く泡立っている。
船は強風に激しく揺さぶられ、立っているのもままならない。勇生とメルル以外にも、出港早々手摺に捕まり海へ嘔吐しているものがいる。
そして、沖の方・・・恐らく竜の居る場所に向かう程、空気は重くなりムッとするような湿度が隊を襲った。急激な気圧の変化に今度は頭痛を訴える者や怠さを訴える者が続々出た。隊員のほとんどが何かしらの体調変化を訴える中、隊長テサだけは船の舳先に立ち、何を考えているのか黙って海面を見つめている。
そのテサが突然、全船に響き渡る程の声で叫んだ。
『来るぞ・・・全員、配置に着け!!』
その声に勇生とメルルもハッとし慌てて甲板へと移動する。
テサの号令が響いた途端、隊員達は見違えるように機敏な動きでそれぞれの配置に着いた。2番隊、3番隊もまた迅速に左右に展開し、魔力を込めた大砲を素早く”標的”に向ける。
『魔力網ー発射。』
2隻から同時に発射された網状の魔力封じは、海面からその”竜”が姿を現したと同時にそこに到達した。
『グアアアアアアァァ!!!!!』
出てきたと同時に”魔力網”で捕縛された竜は、猛烈に怒り吼える。そのゴジラのような身体を大きく震わせ、網を破らんばかりの激しい動きだ。そのせいで波が大きくうねり、船は今にも転覆しそうに揺れている。勇生とメルルはかろうじて手摺に掴まり、初めて見る”竜”に目を見張った。
”竜”の、海と同じ深い碧色の身体は硬い鱗に覆われている。首から尾まで銀色の背鰭が走り、腕の大きな3本の指には鋭く長い爪が生え、今はその太い首を振り回して今にも網を破りそうだった。
『網が切れる、腕から行くぞ!!!』
テサが隊員に号令をかける。その言葉通り、竜は既にその呪縛を解こうとしていた。その口から吐き出された濃い霧により姿は隠れ、海に現れた大渦が船を飲み込もうとしている。
『疾風よ!!』
咄嗟に叫んだメルルの呪文により突風が吹き抜け、束の間、竜がまたその姿を見せた。その隙にギリギリまで近づいた船から数人と共に竜の背へと飛び移ったテサが、同時に勇生を見下ろしながら叫ぶ。
『お前も飾りじゃねえなら、動け!!!』
そのままテサは竜の背を駆け登り、見事な剣捌きで激しく抵抗する竜の腕を瞬く間に切り落とした。その竜の爪には”麻痺毒”があるのだが、まるで躊躇しないテサの動きを見るとゾッとする。
勇生はテサの言葉に一瞬ムッとしながらも、隊員達の動きを真似ながら船の舳先へと走った。そうこうする間にも先に行った隊員達により竜の二本目の腕が落とされる。
竜は両腕を失って、怒りを吐き出すように強く咆哮したかと思うと纏わり付く隊員を振り払うように大きく尾を振り海面に打ち付けた。隊員達がかろうじて竜から離れた瞬間を見計らうように、勇生は舳先から竜に向かって跳んだー。
船へ降り立った隊員、そしてメルルは驚くようにそれを見上げる。
勇生はテサを真似して竜の背に飛び乗るとバランスを崩しながらも背鰭に掴まり立ち上がって、悶え苦しんでいるようにも思える竜の太い首をよじ上り、首の後ろに剣を深く、全力で突き刺した。
しかし竜の首は太く、刺したからといってとても致命傷にはならない。竜は更に激しくのた打ち回り、勇生は振り落とされないよう両手で剣を握りしめ足を踏んばり、その手に渾身の力を込め叫んだ。
『雷弧剣!!!』
・・・これもまた、メルルの考えた攻撃名だった。呪文とはイメージを具体化するための呼び声であって、何でしたら”オリジナル”でも良いのです。そう、クシドが言ったせいで、メルルが色々と考えてくれたのだ。
勇生が叫んだ途端、曇天と剣との間に眩しい閃光が走った。
竜の鳴き声よりも大きく空気を震わせながら、雷鳴が辺りに轟く。
ドゴ・・・オォォォーン!!!!。
その揺れと同時に、竜がビタリと動きを止め、船体にまでバリバリと電気が走った。
『ーー・・・ほ、捕獲っ!!!!』
一瞬の静けさの後、少し慌てたようなテサの声に皆が我に返り、また全船が動き出す。このまま物理網をかけ竜の身体を持ち帰るのである。
勇生は丸焦げになり黒煙を上げる竜の背に立ち、なかなか抜けない剣に一人焦っていた。足元が不安定だからか、自分が差した剣なのに引き抜けないのである。
『・・・一体、何なんだお前は。』
低い呟きと共にテサが隣に跳び乗ってきたせいで、竜の身体はまた大きく揺れた。勇生はフラつき、テサは勇生の手の上から剣の柄を握るとフンッ!!と力を込めその剣を引き抜く。その反動で竜の身体はぐらりと下に沈んだ。
『・・・待たせた!!』
テサが手を振り勇生と共に船に戻ると、即座に網が投げられ海中へと潜った隊員が手早く竜の身体に網をかける。
ー済んでみれば、呆気ないようにも思えるがこれで竜退治が完了、だった。
ー本当に?
勇生とメルルはまだどこか半信半疑の顔を並べゆっくりと海中を引かれて行く竜の背を見ていたが、テサ隊の隊員達は2人に寄って来ては口々にその活躍を褒めた。
『おい、さすがだなぁ勇者よ。』
『2人共、まあやるじゃねえか!!』
『メルルちゃん・・・君はもしや、戦いの女神なのかい?』
最後の台詞はテサ隊いちキザな男、ギンザの台詞である。勇生はまた魔力を放出し過ぎて疲弊していたが、皆の笑顔は温かく、それを見ると柄にもなく安心した。
メルルもまた、照れたようにニコニコと笑ってその声に答えている。
『おう、新入り。無茶しやがって。』
隊員達の最後にテサが近づいて来て、ぶっきらぼうにそれだけ言うと2人の手をガシッと握った。
テサの手は豆だらけでゴツゴツとして大きく、生命力で漲っていた。
勇生は不思議そうにその手を見て、自分の手の平を見る。
こんな風に誰かと握手するのは初めてかもしれない。厳しい訓練を経た後だからか、認められたようで、素直に嬉しい気分になる。
ーこんな風に感じるなんて、自分でも意外だった。
・・これが父さんの手だったなら、どうだろうか。
夢で見たきり、現実にはもう何年も見ていない"父"の手の平を一瞬思い出そうとして、勇生はすぐにあきらめた。
思い出したところでどうにもならないのだ。
いくら思い出したってもう、握ることもない。
前話ほんの少し修正しています。