46:座学
国に仕えることが決定した2人に最初に与えられた任務は、世話役ー王の後ろにいつも控えている老人ークシドによる講義を受けることだった。木で造られた机に2人は並んで座り、クシドが前に立ち壁に貼った紙に図や文字を書きながら説明していく。ー文字はあの最初に見たノートと同じような象形文字で、やはり読めないがその意味はわかった。
『まずはお二方、国宝である火竜の剣の取り扱いについて知っておいていただかなくてはなりません。』
クシドは勿体ぶって話し始めた。
古の大陸にて猛威を奮っていた火竜を、当時の王国に仕えていた兵士が100人がかりで取り押さえた。その火竜の血を混ぜて打ったこの剣の刃は、”高温”だけでなく熱の変化そのものに強く丈夫で、更にその剣をふるえば相手に熱傷を負わせる効果があるらしい。
勇生は久しぶりに机に頬杖をつき、クシドの単調な声にウトウトと頭を揺らし始めていた。対して隣のメルルは、優等生ばりに生き生きとした表情で前のめりにクシドの話を聞いている。
クシドはメルルが興味を持っているのに気をよくして、丁寧に時間を掛けて説明した。
『お次は魔力について。』
剣に魔法。ああ、こんな授業だったらいつまでも聞いていられる・・。田中は感動していた。まるで”魔法学校”みたいだ。
ー魔力とは、思念により操作できる力です。その力は目に見えないが大気中や物質中の”分子”にも伝わり、結合や分解を促す。魔力を持つ動物を魔物と呼び、最もヒトに近い魔物にはエルフなどーユウキ殿、よろしいですかな?
クシドは机に突っ伏した勇生に気付きやんわりと声をかけた。勇生は何とか顔を上げたが、すぐにまた瞼が重くなり段々と頭が沈み始める。
クシドは大袈裟にため息をついたがそのまま話を続けた。
『人によって体力が違うように、持つ魔力の総量や、瞬間的な放出量にもまた差があります。』
クシドの講義は剣、魔力、属性の順に続いた。
もちろん聞く気はあったのだ。ただ、あまりに懐かしいこの構図に、無条件に体が反応してしまった。
勇生は”属性”の講義途中でハッと目を覚まし隣のメルルを見た。メルルは嬉しそうな表情を浮かべたまま静かに瞼を閉じている。
もしもメルルが同じクラスにいたら、こんな風景が見られるのだろうか。勇生はそのメルルの姿を思い浮かべることで何とか意識を保つことに成功した。
ーにしてもまだ終わらないのか。
勇生が何度目か意識を手放しそうになっているところへ、バタン!と大きな音を立てドアが開けられた。
『失礼する!!』
部屋に入ってきたのは王国軍の隊長、テサだった。配属先を聞いたときに名前は教えられたが会うのは初めてだ。勇生は怪訝な顔で、メルルは飛び起きて、何が何だかわからないという顔でテサを見る。
『これはテサ殿。講義中ですが何か?』
クシドはあくまで落ち着いて対応するが、テサはそのクシドにも苛立ちを隠さず勇生とメルルを指差した。
『・・・コイツらを、少しでも使えるように鍛える。稽古場に連れて行く。』
『まだ講義が終わっておりません。』
『じゃあ昼までに終わらせてくれ。お前達、午後は稽古場に来い。』
テサは端的に言い付ける。クシドは嫌な顔をしたが、隊に入れないなどと言われても困る。また大袈裟にため息をつくと、わかりました。と渋々答えた。
勇生は内心、助かった・・。と思いながらその男とクシドとのやり取りを見ていた。テサ。つまりコイツが隊長か。
何かわからないが、午後まで講義が続くよりはマシだ。勇生は生あくびをしながらそのテサがまた部屋を出ていくのを見送った。
メルルはどことなく残念そうにしているが、その頬には机の跡がくっきりと残っている。
クシドはテサが去った後のドアを念入りに閉め、7つの属性(ー光、闇、火、水、風、地、雷)について、それから大陸の歴史について急ぎ足で説明し、何とか昼までに講義を終えたのであった。