45:翠の島
話は勇生とメルルが森の”おばば”の家に着いた頃に遡る。月明かりも無く何も見えない真っ暗闇の中、”始まりの丘”からまた新たな人影がゴソゴソと手探りしながら丘を下りようとしていた。
目覚めた時から耳鳴りのように聞こえ続ける”丘の声”を拒絶するように、その人物はずっと何かを呟いている。その切れ長の目の瞳孔は開いたままで、白い首の周りにはくっきりと痣が浮かんでいた。
その人物はとにかく”声”の聞こえない場所へと移動しながら、自身でも気付かない内に毒を含む吐息を周囲に吐き出していた。それは、その人物の”魔力”に引き寄せられた魔物が痺れて動けなくなる程の強い毒だった。毒の後には草木すら枯れ、弱い生物は声もなく息絶えたがその人物は周囲に目もくれず、そのため自分の毒の影響にも気付くことは無かった。
ズルズル、ズルズルと重い身体を引きずるようにその人物が向かった先には、島・・・正確には陸続きの半島である、通称『翠の島』があった。
そこはただの、緑豊かな島だったのだ。その人物が現れるまでは。
昼間は死んだように眠り、夜になると進み続ける。そうしてその人物が島へ辿り着いた後、島の樹々は枯れ果て、元々生息していた魔物は逃げるようにその姿を消し、島で平穏に暮らしていた者達はその人物にひれ伏した。
幾日も経たない内に”女王”と呼ばれるようになったその人物は、人々が自分を傷付けないその島が気に入った。
”毒”はすぐ自在に操れるようになった。
『女王。お食事を。』
若い島民が魚を運んで来てその前に跪くが、彼女はそれを気に入らない様子で睨む。島民がビクッと肩を震わせると”女王”は可笑しそうに笑った。
ーこの世界では、私は畏れられ敬われるのだ。
ー全ては思うまま。ああ、ワタシは本当は"こう"生きるハズだったんだ。
”女王”は満足そうにため息をつき、若者を退かせる。
ー私には力がある。神が力を与えてくれた。またここで、イチからやり直せる・・。
―――
勇生とメルルが正式に王国軍の1番隊ー通称テサ隊に配属されたことを言い渡され、隊長テサは直ぐに王へ謁見を申し出た。
『どうぞ。』
衛兵に案内され勢いよく部屋に踏み入ったテサは、”愛人”を侍らす国王に一瞬躊躇しながらも憤りのまま訴える。
『国王陛下・・・!!宝剣を抜いたといえど、あのような”子供”を隊に入れるなど・・・”お飾りを置く”ほど我が隊は手を余しておりません!!』
王はソファにもたれた体を起こそうともせず、気だるげにそのテサに答える。
『無理に守らなくていい。・・君達も見ただろう?あの国民の盛り上がりを。』
『民は英雄が好きなのさ。”異世界の者”や移民なんてのは、前に出すのにもってこいだ。』
『守らなければ、すぐに死にます!!』
強い口調でそう訴えるテサに、王は優しく諭すように言う。
『わからないのか?我が国の民ではないから、いつ死んでもいいんだよ。』
その言葉に、国王にもたれかかっていたその愛人ーエレーヌの尖った耳がピクッと動く。
『しかし・・!。』
なおも粘るテサを今度は追い払うように王は冷たく言い放つ。
『死なせたくないのなら、しっかり鍛えるといい。・・・宝剣を抜いたのだ。”勇者”の素質はあろう。』
テサが渋々部屋を出た後、エレーヌはその腕を王の首に絡めながら擦れた声で王に囁く。
『”移民”が何にもってこいだって?』
王は、フフフと笑いじゃれるようにその腕に手を這わせ、白い首筋を撫でた。
『勿論”君”のことじゃない。』
不満げに廊下を歩いて去って行くテサの足音が響いている。
『僕はこの国をもっと大きく、もっと強くする。』
”力”は使うためにあるんだよー・・。
王はその耳元に低く囁いた。
新章始まりました。