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44:勇者になった日

 『・・・ふむ。それが、”火竜の血”を混ぜ造られたという、我が国の宝剣か。』


 勧められるまま向かいのソファに座ると、国王は半ば前のめりに勇生が持つ剣を見た。


ー初めて見たみたいな反応だな。


勇生は怪訝な表情を浮かべたが、歴代の勇者ー”国の認めた勇者”のみに与えられたその剣を、実際に見たことがあるのは前王までであった。現国王が生まれた時既に伝説の剣は”抜けない剣”として言い伝えられていたのだ。


 『いやまさか、本当に私の前に"勇者"が現れるとは嬉しい限り。』


王は僅かに目を細め勇生とメルルに笑いかけるがその視線は無遠慮で、頭のてっぺんから足の先まで舐めまわすかのように2人を見ている。その間の沈黙は妙に居心地が悪くメルルは足をモジモジさせた。王は笑顔を崩さず勇生に問う。


 『君は”勲章”として宝剣を手にしたわけではないがー、どうだろう?”剣を与えられし勇者”は代々、この国を護るため大いに貢献してくれたと聞いている。』

 『ー君にはこのまま、我が国の象徴シンボルとして宝剣を持ち、その能力を遺憾なく発揮してもらうことも出来るが・・・』


異存はあるかな?勿論、元々宝剣は我が国のものだからー。王は尋ねながらも有無を言わせぬ口調だった。言葉の裏で、剣を持ち国に仕えろと言っている。”子供”の前だから高圧的なのだろうか?勇生は嫌悪感を隠そうともせず、固く口を結び返事をしない。


勇生が黙り込んだせいか、不意に国王はメルルを見た。メルルは両手を膝に置いて(かしこ)まっているが緊張からかその手は震えている。王は音も立てずに立ち上がり、メルルの顔を覗き込んでその顎に手をかけた。


 『君は民にも人気・・が出そうだし、ぜひとも、勇者と共に我が国のために戦って欲しいな。』


田中(メルル)は王の言葉に驚いたようにグイッと顎を引くと、震える手を握りしめ正面から王を見据えた。


この手の(・・・・)大人は、何か苦手、いや嫌いだ。”地位ある大人”は一度も田中(ぼく)を救ってくれなかったから。


 『お給料を、日に1000ギルくれますか。』


田中ーメルルは勇気を振り絞り、この世界で聞いた中で1番高額なお金を請求した。これで追い払われるならそれでいい。


メルルの発言に勇生は耳を疑った。1000ギル。恐らく数10万円なのだ。それを1日で?


ちら、と国王を見ると一瞬キョトンとした顔をした王は次の瞬間、愉快そうに笑い声を上げた。


 『日に1000・・・1000ギルか。あはは、いや驚いた。部隊長でも月の給料が1000だからな。』


そうしてしばらく大袈裟に笑い転げた後、ようやく2人に向き直った王はひとつ肯き、後ろに控えていた老人に何事か告げた。


 『2人分で日に1000ギル。どうだい?』


メルルと勇生は驚いて顔を見合わせた。


日に1000なら、3日で逃げ出しても当分暮らせるじゃないか。信じられない気持ちで2人が国王を見ていると、一旦下がっていた老人が直ぐに戻ってきてその手のお盆にはお札が積まれていた。


そのお札は確かに、ラウルが”布”を売って得たのと同じくらいの厚みに見える。


ー嘘だろ?


勇生はまだ信じられない気持ちで札束を見ていたが、王はその札束をこともなげに取って半分メルルに、半分勇生の手に乗せた。


ー受け取ってしまった。


この世界の紙幣にはまだ詳しくないが、本物に見える。勇生はもう一度伺うようにメルルを見た。メルルもまた、勇生を見ていた。


ーごくり。


メルルがその細い喉を鳴らす。どうやら2人とも、考えは一致しているようだった。


 『これで契約成立だ。』


2人の様子を見てニコリと笑った国王が指をパチンと鳴らすと、部屋のドアが開き侍女がぞろぞろと出てきた。


 『さ、こちらへ。』


驚く2人を侍女達は別々の部屋に連れて行く。その後ろ姿に向かって王が声をかける。


 『まずは寛いでくれ。3日後、皆へお披露目だ。』


ーー


それからの3日は、本当に目まぐるしかった。

まずは身体を採寸され新しい衣装が渡された。かと思えば服の着方、歩き方、食事を出されれば食事の作法を教え込まれ、まるで勇者というよりもモデルか何かのようーそうか、象徴(シンボル)とはそういうことだったのか?と気付いた時には2人ともすっかり”貴族”のような出で立ちになって3日が経過していた。


ちなみに、城ではメルルと通路を挟んで向かいの部屋を与えられた。


 『よろしいでしょうか?』


コンコン、と侍女のノックで勇生がドアを開けると、同じく向かいのドアからメルルが出てくるところだった。少し伸びた髪を編んで結い上げ、踝までのドレスを着せられたメルルを見て勇生は黙って下を向いた。普通にしていても可愛いのだ。そりゃあ、可愛い。


メルルはそんな勇生に気付いたのか少しニヤリと・・いや、上品に微笑んだ。


通路を進むと、その先で国王が待っていた。廊下の至るところに衛兵がずらずらと控えて、なんとも大袈裟だ。


 『行こうか。』


国王は2人に軽く頷くとそのまま先を進み、通路の行き止まりにあるドアを自ら開く。


そこは、城の前の広場を直接見渡せるバルコニーになっていた。


衛兵に誘導され否応なしにバルコニーへと歩み出た勇生とメルルは、下を見てその群衆に驚いた。


ーこんなに多くの人が?


勇生とメルルがバルコニーへ出ると、群衆の声は一層大きくなった。


『勇者殿、万歳!!勇者殿、万歳!!』


前列にはメルルちゃーん!!とメルルの名を叫ぶ親衛隊のようなものまで出来ている。


国王に促され、恐る恐る勇生とメルルが手を上げると歓声は一層大きくなった。


ー勇者殿!!メルルちゃーん!!


人々の声は、期待と喜びに満ちている。


ー自分がこの期待に、応えるのか?


勇生は急に不安に襲われたが、既に取り返しが付かないところにいる気がした。今、逃げるわけにはいかない。そう、自分に言い聞かせるしかなかった。お金の為だと思えば少し気分が晴れる。


この日、異世界のー(アオ)の王国で勇生とメルルは正式に、”勇者”として迎え入れられたのである。


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