42:別れ
『・・ありがとう。ありがとうな。』
ヨザは声を詰まらせながら何度も3人に頭を下げた。仲間の骸の前で泣き崩れていたヨザの元に集まった3人は、ヨザの様子と骸骨に戸惑ってはいたが、誰も理由は聞かなかった。
『”勇者”になっちゃったね。』
ラウルに支えられた勇生に向かって、メルルは腫れ物に触るようにそっと小さな声で話し掛ける。
耐性があったとはいえ、業火に近づいた勇生の皮膚は火傷のようにヒリヒリと痛み、頭の中にはまだガンガンと声が響いているかのように、”血”が脈打っている。
『はは。勇者か。』
勇生は力なく笑った。ラウルが手際よく塗ってくれた”回復薬”は気休め程度にはなったが、治癒までは出来ないとのことだった。
『ああ、こりゃ痛むだろう。』
ヨザは勇生の状態に気付くと慌ててその場に寝るように指示し、勇生に両手を翳した。
『慈悲の涙よ。』
ヨザが呟き勇生の腕を撫でると、嘘のようにスッと痛みが引き勇生は驚いてヨザを見る。
ラウルもまた、驚いたようにヨザを見ていた。
『おばばより、すごいや。』
まあ、おばばは元々”回復”って柄じゃないしね。ラウルは小さくそう呟いたが、それでもヨザの”回復力”は圧倒的だった。勇者の仲間だったというのも納得だ。
驚く3人の前でヨザは照れくさそうにまた鼻をこすり、立ち上がるとロビンの骸骨の方へもう一度向かい、別れを惜しむかのように丁寧に時間をかけてその骨を埋めた。
『今度来るときは、立派な墓を作ってやるからな。』
ヨザは土を手ですくっては優しくその上にかぶせ、そうロビンに囁く。
『ようやく、ゆっくり休めるじゃねえか。』
そして、骨を埋め終わるとヨザを見ている3人を振り返り、大きく手を広げ、その場にうずくまった。
『え?ちょっと、ヨザさん?』
メルルは心配そうに駆け寄るが、それをラウルが止める。
『待って。』
勇生は、もう全然痛くない手足をまだ信じられないように動かしていたが、うずくまったヨザの”身体”が大きく変化し始めたのに気付くと、さすがに驚き息を呑んで2人ーラウル、メルルと共にそれを見守った。
ヨザの広げた手は、見る見る大きな翼になりその身体が徐々に黒銀の羽根に覆われていく。と同時に脚も細く短くなり、羽根の生えた身体は大きく膨らみ、尻には羽根と同じく黒銀の尾が生えていた。顔は尖り大きな黒いくちばしが生え、その姿は、まるで巨大な”鳥”のように変化を遂げたのである。
『えぇー・・?』
勇生が目の前で”変身”を終えたヨザを見て思わず声を漏らすと、その”魔鳥”となったヨザが勇生の方をゆっくりと見た。
思わず後退りした勇生に向かって、”魔鳥”は大きく息を吐き出しながら話し掛けた。
『さあ。その剣を持ち俺に乗れ。』
ゴォゴォというその吐息でよく聞き取れないが、”乗れ”と言ったように聞こえた。
勇生はラウルとメルルを見る。2人とも驚いた顔をしているがその2人にも、ヨザは長い首を向け促した。
『3人とも乗るといい。さあ。・・・城へ向かうぞ。』
有無を言わさないその迫力に、3人は慌ててヨザの背に飛び乗る。その首の根元にメルルが掴まり、ラウルと勇生は大きな背中にしがみついた。
―これなら、山を”登る”必要あったの?とは誰も聞けなかった。もっとも、ヨザは”剣が抜けるまで”王国の呪術師に呪いをかけられ魔力を封じられていたのだ。その間は変身は出来たがカラス程の大きさにしかならなかった。
空を飛んでいる間は、振り落とされないように必死で誰も口を開かなかった。
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しばらく飛ぶとヨザが急に速度を下げ、そのお陰で勇生は身体を起こし眼下を覗き見ることが出来た。その下には通った覚えのある城下町や、幾重もの塀に囲まれた石造りの城、更に向こうには深い碧色の海らしきものが見える。
ー城、か。
勇生がその城を見下ろしため息をついている頃、同じように下を見たラウルはその顔に似合わず憂鬱な表情を浮かべていた。
『降りるぞ。しっかり掴まれ。』
ゴォゴォと息を漏らしながらヨザが声を出す。その声にまた2人は身を伏せその背にしがみついた。
ぐんぐんと風を切りヨザは高度を下げる。気圧の変化で耳が痛い。勇生は顔をしかめた。
地上まではあっという間だった。城門の前へフワリと華麗に降りたヨザは頭を低くし、3人に降りるように言った。
『もう迎えが来てるはずだ。』
その言葉の通り、今まさに門が開き中から衛兵らしき人間が出て来ようとしている。
『あのさ・・・。』
その衛兵の方を見た勇生とメルルに、ラウルが言いにくそうに声を掛ける。
その、伏せた目を見て勇生は店での出来事を思い出した。
ー国王の”愛人”か。
ラウルは自分に似ているというその人を見たくないのかもしれない。全部知りたいとは言っていたが・・・恐らく、偶然似ているわけではないのだ。エルフというのはそもそも希少な人種らしいということもヨザに聞いた。メルルもラウルが何か口ごもったのに気付いたようだが、2人とも理由を聞けなかった。
『ああ・・・そうか。坊や・・・もし、よかったら坊やは俺と一緒に来るかい?』
その空気を読んだのか、いつの間にか人の姿へ戻ったヨザが思い付いたように、ラウルに声をかけた。
ラウルは驚いてヨザを振り返ったが、しばらくするとまた悩んだ顔で勇生とメルルの方へ向き直る。
勇生もまたヨザの発言に驚いたが、ラウルの表情を見て、覚悟を決めた。
本当は、ラウルがいなくなるのは不安だ。この世界での貴重な”知り合い”だから。
ーもしかして、メルルもあっちに行きたいと言うだろうか?
勇生は恐る恐るメルルを見る。メルルも不安そうに見えたがチラリと勇生の方を見ると、意を決したように息を整えラウルに向かって言った。
『それがいいかも、ね。ラウル。』
その言葉はぎこちなく、顔は1ミリも笑えていない。しかしラウルはありがとう。と呟き、勇生にもゴメンね。ペコリと頭を下げ2人に背を向けた。
ヨザは心配そうに勇生とメルルを見て、懐から笛のようなものを取り出し、勇生に投げる。
『”呼び笛”だ。』
ヨザは、お前達が吹けば”必ず”行くからな。助けになるかは知らんが、恩は返す。慌てたようにそう言うと、また鳥の姿に戻った。
衛兵が、勇生とメルル、ヨザを見た。そして勇生の持つ剣に気付いたのかヨザから何か伝わっていたのか、慌ててこちらに走ってくる。ラウルはもうそのヨザの背に乗っている。
『役目は”果たした”し、こうなりゃ俺はもう王様に会いたくねぇからよ。あばよ”勇者と嬢ちゃん”。』
『え、と・・・また、どこかで!』
それだけ交わすと、あっという間にバタバタとヨザはラウルを乗せ空へ飛び立った。
重い剣を抱えたまま後に残された勇生とメルルは、走ってきた衛兵に深々とお辞儀で迎えられ、既に『勇者顕現』の幟まで立てられた城の中へと急かすように招き入れられた。