40:業火
勇生は呆気にとられてその炎を見つめていた。燃えているのは岩とその周辺のみだが、離れていてもその熱を感じる程激しい炎が一帯を包んでいる。
『す・・・すごいね。』
まるで地獄だ。メルルが呑気な感想を漏らす。ラウルはそれに相槌を打ちながら、この岩と炎をどう攻略すべきか考えていた。
ーそれにしても何なんだこの炎は。ここまで登るにつれ暑さが増していたのは”コレ”のせいか?
熱気というか、瘴気というべきか。吸い込む空気は熱く重く、呼吸をする度、喉が灼けつくようだ。それはまるで誰かに呪いをかけられているかのような感覚だった。
ひとまず炎を鎮めるには・・・水か?ラウルは、試しに水の呪文を唱えてみる。
『水よ繋がれ。』
それと同時に空気中の水分が結合し、霧となって炎を取り巻く。・・・が、焼け石に水とはこのことだ。全く効果もなく魔法が打ち消される。霧や水かけ程度では燃える炎には歯が立たない。
ヨザは立ちすくむ3人を後ろから眺めていた。
今までと変わらない光景だ。そりゃそうだろう。簡単に攻略出来るわけがないのだ。その炎はあのロビンの化身なのだから。
その無念さと怨恨から呪いの力を持った、炎の勇者の成れの果て。
剣を返上しなかった勇者たちがどうなったのか、ヨザは今まで何度となく聞かれたが決して答えなかった。それが彼にとって辛すぎる話だったからだ。
ー彼以外の三人は、斬首刑になった。城下街の人々すらそれを知らない。当時の国王は腹を立て即座に処刑を命じた後、三人の首をその剣の前に埋めさせた。
牢の檻の前に立ちヨザにそれを伝えた時の国王の顔を、ヨザは決して忘れないだろう。
―炎の勇者の望み通り、王国は”次世代の勇者”を待つしかない。愚かな行いをした”お前達”は新たな勇者となるものに踏みつけられながら骸と化すがいい。
仲間達が埋められた後ヨザはしばらくして牢を出ることになったが、北山へは来なかった。来れなかった。ようやく勇者に立候補した者を連れて北山の頂上を訪れた時、この地は業火に包まれていたのだ。
あれからもう、40年も経つのにその火は消えない。
ロビンよぉ。ヨザは寂しそうに呟いた。
そんなに意地を張らなくても、もういいじゃねえか。俺ももう、勇者探しは疲れたぜ。
ヨザは一人生かされ、この責務を負った。王がヨザを選んだのは、間違いなくヨザが1番弱かったからだ。
ヨザが見ている前で、新たな"勇者候補"3人は何かをコソコソと相談している。
『いい案浮かんだかい?』
ヨザはその3人に話し掛けるが、明るく装ったその声に期待は感じられない。
『まぁ見てて。』
何度も水魔法を試しては失敗しているラウルがヨザを振り向き、ニコリと笑った。
ヨザはドキッとして胸を押さえる。美人てのはこれだから困る。
その視線の先で地面に手を付いたラウルは、大袈裟にまた呪文を唱えた。
『地に沈め!!』
その魔力で、剣の刺さった岩が揺れる。ゴゴゴ・・・という地響きと共に、”巨岩”が少しずつ地面に沈んだ。
何だ。思ったより魔力があるじゃねぇか。
ヨザが見ている前で、背丈ほどの高さのあった岩が少しずつ沈み、かろうじて登れそうな腰ほどの高さになる。
炎に気を取られていたが、確かにその”岩の高さ”も問題ではあった。しかし炎は変わらず燃えているのだ。これだけではどうにもならない。
ヨザは、・・で?と言いたげな顔でラウルを見る。ラウルは満足げに汗を拭うと、メルルの肩を叩いた。
『さ、言った感じでやってみて?』
メルルは照れたように頷き、目を瞑る。
何をする気だ。”風”は炎を強めるだろ。ヨザはメルルに教えようとして踏みとどまった。
もう一度目を開けたメルルの強い眼差しは、重く苦しい業火に真っ直ぐ向けられていた。
『真っ直ぐな風!!』
メルルは手を付きだし叫んだ。
呪文でも何でも無く、ラウルに言われた通りのイメージを叫んだだけなのだ。ヨザは聞いたことの無い呪文にキョトンとしている。
しかしメルルにとってはこれで十分だった。ラウルが嬉しそうに微笑み、メルルの手から突風が真っ直ぐ剣まで吹き抜ける。
ヨザが目を見開く。
今までこの業火を押さえたものは1人もいなかった。
しかし今、その目の前で、炎は分け隔てられ風の通り道が出来ていた。
更に勇生がその道へ飛び込む。
しかし道は瞬く間にまた炎に閉ざされ、勇生はアチチ・・・と言いながら飛び退いた。
”呪いの炎”は触れた者の身を瞬時に焦がし焼き尽くすのだ。熱い程度では済まないはずだが、やはり・・・。
ヨザは無意識のうちに手を握っていた。
『ごめん。もう一回お願い。』
勇生は息を整え、メルルに頼んだ。
続きはまた明日。