39:山登り
食後にプリンのようなデザートまで出して貰った後、4人は店を出た。馬車で山は登れないため近くの厩舎に馬車を停め馬を繋ぐ。
『お疲れさん。』
ヨザは疲れた顔の馬の背をポンと叩き、一摑みの干し草を食ませしばらくその様子を眺めた後、ゆっくりと3人の方へ振り返った。
『さて・・・、行くか?』
その山ー”北山”は、植物のほとんど生えていない岩肌の山だった。日陰も無いため、登るほど日差しがきつくなってくる。勇生は列の1番後ろを付いて行きながら、予想外の暑さに閉口していた。肌がジリジリと焼け、汗が滴り落ちる。ラウルも普段より口数が少なく、メルルもその細い膝に時折手を付いて呼吸を整えている。
『へへ。きついだろ。』
ヨザは黙り込んだ3人を見て愉快そうに笑った。ヨザは慣れているのか、歳の割に足取りも軽く疲れも見せない。
『この暑さのお陰でココにゃほとんど魔物が出ねぇんだ。』
じゃあ何で、40年も剣を抜く奴がいないんだ。その剣がよっぽど”抜けない剣”なのか?
勇生が抱いた疑問を、ラウルも感じたらしい。
『その”剣”って、どういう状態なの?』
ラウルは先頭を行くヨザに尋ねた。こうして道案内までしてもらえるのだ。目の前まで行って引き抜けないなんてこと、あるのだろうか。
『まあ、行けばわかるさ。おっと、魔力は温存しといてくれよ。”重力”操作や”送風”なんてしたい気持ちはわかるがな。』
ヨザの言葉にラウルは眉をひそめた。確かに、メルルは先程から無意識のようだが周囲の”空気”を動かしている。そのおかげで少し涼しいのだからヨザでも”気付く”のは容易だろう。
ーでも、僕が重力を操作出来ることにも気づいているのか?
気付かれているとしたら、いつの間に?ラウルにとって魔力を無駄に出さないことは呼吸同然の操作であり、今も力は使っていないのだ。昨日今日で気付かれるはずがなかった。
”いつから”僕たちを見ていたんだ?
ラウルも1日前の勇生と同じ疑問を抱いて、怪訝な顔でヨザを見上げる。その暑苦しい帽子に隠され今はその表情すら読み取れないが、疑おうにもどうしても悪い人間には見えないのだ。街の人々にも慕われていた。
ーそもそも人間なのだろうか?
ラウルは注意深くヨザを視ながらその気配を探る。地面を軽々と蹴るその爪先から、脚、腰。丸まった背中。細い首に跳ねた銀色の髪。時折こちらを振り返るその、髪と同じ色の瞳。
ヨザも魔力を抑えているのは間違いない。勇者と組んでいた時は”回復”専門だったと聞いたが本当だろうか・・・?
駄目だ。ラウルは探るのに疲れ、ため息を付いた。山を登るだけでもひどくつらいのだ。後ろを振り返ると、メルルと勇生もつらそうな顔をしていた。
ー体力を消耗するよりマシかな?
ラウルはどうせバレてるんだ。と呟いて小さく呪文を唱えた。そして僅かにメルルと勇生の重量を軽くする。
2人の足取りが心なしか軽くなり、それからの一行は休まず一気に山道を進んだ。
ヨザは驚いた。と呟きチラリと後ろの3人を見る。こんなに早くこの山を登るとは。先程坊やが魔力を使ったのは気付いたが、嬢ちゃんも見た目に寄らずなかなかタフだ。
ただの山登りとはいえ、ここは標高の高い地で酸素も薄いのだ。勇者候補として、手伝ってでも山頂へは連れて行く気だったが、自力で登る精神力がこの若者達にあったとは。
自分が目をつけたとは言え、最近の若者達のことはわからないものだ。今まで何度も期待を裏切られてきた。
勇生のことも、最初から怠そうにしていたので心配したが案外離れず付いて来ている。
初めて見たのは、あの”樹”との戦いだったがーあれから更に成長してくれたようだ。
ヨザはその様を思い出しブルッと小さく震える。
ーこりゃ本当に、この役目も今回で終わりかもしれんな。
ヨザは、勝手なことをしたワガママな勇者の台詞を思い出していた。
ー剣を握るものには相応の強さが必要だ。
力に振り回されれば、自身どころか大勢のものを巻き込み、死なせてしまう。それを誰より理解しロビンは案じていたのだ。剣を引き継ぐ者は国ではなく剣に選ばれるべきだと。
ヨザはその行動の責任を負い、ただ1人、次の”真の勇者”を探し続けてきた。
・・・40年、ずっと1人で。もう、終わりにしたいと何度も考えた。
ヨザは寂しさに支配されそうになるのをグッと堪える。
4人は山頂に差し掛かっていた。
『ほら。見えてきたろう。』
ヨザの声に3人がようやく顔を上げると、その視界の上の方、山の頂上と覚しき方向に、轟々と音を立て燃えさかる炎に包まれた巨岩と、そこに突き刺さった1本の剣の影が見えた。




