36:伝説の剣
店を出た3人に向かって、街の商人達は口々に自分のところの品を勧めてきた。ガースが大袈裟にまた宣伝したせいだ。
ただでさえ目立つ風貌のラウルが、これまた目立つ弓を持ち歩くのだから人目を避けようが無い。
『勇者殿、私どもの店にもぜひ。』
その呼びかけにいちいち足を止めるラウルとメルルも悪い。勇生はため息を付き、店の外で軒下にぶら下がる商品を眺めながら、2人が出てくるのを待つことにした。
店主と2人は旅の話できゃあきゃあと盛り上がっている。ぼんやりとその声を聞いていると、店の前を通りがかった人物がいきなり勇生に話し掛けてきた。
『おたくらかな?噂の勇者殿ご一行は。』
勇生がうんざりした顔で見ると、異常な程猫背の黒ずくめの男が、頭に被ったつばの広い帽子の下から上目遣いに勇生のことを見ていた。
その帽子も絵本に出てくる魔法使いのようなとんがり帽子で、全体的に胡散臭さが半端じゃない。
勇生は店内にチラリと目をやると、それとなく道に出て男から距離をとった。
男は警戒されたことに気づいたのか慌てて帽子を取る。
『あぁ、いや俺はただ話がしたくて。』
その帽子の下からはくしゃくしゃの銀髪と1羽の小鳥が飛び出てきて、近くにいた子供が歓声を上げた。
とはいっても怪しいのだ。勇生は距離を取ったまま話を促した。
『何?』
『ガースの店で、いい剣は見つかったのかい?』
男は帽子をまた被り直し、改めて勇生に聞く。
ーこいつ、いつから見てた?
勇生がそっとナイフの柄に手をかけながら首を振ると、男は嬉しそうに歯の抜けた口を開け笑った。
『そうか、じゃあ良かった。ちなみに伝説の剣のことは知ってるか?』
もう一度勇生が首を横に振ると男はうんうんそうだよな、と呟きながら頷く。
『その昔、俺の仲間だった、めっぽう強い勇者がいてな・・・。”国宝の剣”を使ってたんだが、勇者を引退する時に、国にその剣を返上するのが惜しくなったとか言いやがってよ。』
昔を懐かしむかのように語る男はどうみてもそんな歳には見えず、話には違和感だらけだったが、悪い者ではなさそうだった。勇生は暇つぶしになるなら、と話を聞くことにした。
勇生が警戒を緩めたのを見て、男はまた嬉しそうにニヤリと笑う。
『そんで、あの・・・"王国"の北山の山頂にな、突き刺してきちまったのさ。コレを抜いたものが真の勇者だー!とか言ってな。もうかれこれ40年はそのままだ。』
・・・それは、よくあるヤツではないか。
勇生は思った。伝説の剣を抜いた者が勇者なのだ。でもそれは自分じゃ無い。剣を使ったことすら無いのだから、抜いたところでどうにもならない。
『どうだい?抜きに行きたくなったろ?』
いい加減、誰かに抜いて貰わないと困るんだよなぁ。男は呟きながらもう一度、勇生の顔を窺い見た。
『うん、行きたい!!』
真面目に断ろうとしていた勇生は驚いてその声の人物を見た。
ー嘘だろ。
メルルとラウルが瞳をきらきらさせ、いつの間にか隣に立っていた。
ー本気か?
勇生は心の中で呟いたが、どうやら本気なのは間違いなさそうである。
行きたい、と行ったのはラウルだがメルルも明らかにウキウキして男を見つめている。
帽子の男は、だろ!!そうだよな!!と嬉しそうに頷き、一瞬にして3人は手を取り合っていた。
いや俺、行かない。
勇生は心の中で反対したが、盛り上がる3人を止める理由をその時思い付かなかったのだ。
結局、僅かな身支度だけして、今度はその男と共に旅に出ることになってしまった。
ーどうも、最近流されやすい。
”国宝”はそもそも誰のものなのか。伝説の剣を抜いた”勇者”はどうなるのか。それを考えることすらしなかったのは間違いだったかもしれない。
得体の知れない男はヨザと名乗った。見えないが歳は60歳らしい。
ヨザと共に、その夜のうちに勇生たちは街を出た。