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35:商人の街(メルカント)

 馬車はその後、問題なく小一時間程走って商人の街(メルカント)まで辿り着いた。問題なく・・・倒せる程度の弱い魔物しか出なかったのだ。ガースはそれでも大袈裟に驚き、3人に感謝して見せた。


 『いやはや、これ程までとは。御三方の名は今に世界に轟くでしょう。』 


そういうガースこそが3人の名を轟かせようとしているように見える。街へと着いたガースは門の横に立つ門番にまで、仰々しく3人を紹介した。


 『こちらの御三方は私の恩人である勇者殿(・・・)ご一行だ。今から私の店で武具など見繕って行かれる。』


ーだから何だその”勇者殿”って。勇生は居心地の悪い顔で積荷の影に隠れた。ラウルはまたしても目に付く女性にいちいち会釈し、メルルは上気した頬でペコペコと頭を下げている。


馬車はそのまま街の入り口近くのガースの店に着き、そこで積荷を降ろした。わざわざ連れてくるだけあって、それなりに大きな店構えである。軒の上には”ザガース武具店”と看板まで掲げていた。


ラウルは颯爽と馬車を降りると、早速店の中の女性に話し掛けている。勇生とメルルはそのラウルの後から恐る恐る店へと足を踏み入れた。


店内を見渡すと、左の壁には様々な形状の短剣から長剣、右の壁には弓にサーベル、奥には胸当てや盾などの防具類、と豊富な武具が整然と並べられていて、見ているだけでも少し楽しい。


メルルは革小物などの前で立ち止まり、勇生は壁にズラリと下げられた剣の前で足を止めた。


ーこんなに種類があるのか。


金属の種類からその刃の形、鋭さや、(つか)、持ち手の大きさ。中には石の埋め込まれたものや彫刻の入ったものまである。


 『よければお手に取ってお確かめ下さい。』


いつの間にか後ろに立っていたガースにそう勧められるが、何が良いのかわからない。勇生は手近なところにあった1本を手に取り握ってみた。今のナイフと比べるとずっしり重く、刃も大きな短剣だ。

しかし、コレを振り回す自分が想像出来ない。


勇生は首を捻り次の剣を取る。

隣の剣は軽くて細めの剣だった。突き刺すことも想定しているのか、両刃になっていて(つか)が大きい。


リーチの利点を考えると長剣か・・・?

それとも電撃に耐えられるような、丈夫そうな材質が良いのか?


ガースが次々に勧めてくれる剣を勇生は順に手に取ってみたが、どれも結局ピンと来ない。考えてみれば、こんな剣らしい剣を使ったことが無いのだ。これで戦える気がしない。


勇生は剣を一通り見ると、ラウルのところへ行ってみた。ラウルは弓とその下に置かれた矢を見ていた。


 『ユウキは、いいのあった?』


勇生に気付くとラウルは振り返り、持っていた矢を矢立てに戻しながらに尋ねた。


勇生は黙って首を振る。それを見て、後ろから付いてきていたガースが大袈裟に驚き嘆く。


 『必ずお気に召すものがあるはずですが・・・もし良ければ、こちらは新物ですので中古の方もご覧になりますかな・・・?中古といっても良き品。期待は裏切りませんぞ。』


ガースは店の奥を手で示した。勇生は半ば興味を失っていたが、ラウルとメルルが見たそうにしているのでしょうがなくガースに付いて行く。


店の奥には、表と比べものにならないほど沢山の武具が所狭しと並んでいた。


勇生は中へと進み、適当に剣の類が刺さった大きな壺を覗き込んで見たがやはり気が乗らず、ラウルが入り口付近で立ち止まり何かをじっと見ているのに気付いて引き返した。


 『何かあんの?』


勇生が珍しく話し掛けるとラウルもまた珍しく、真面目な顔をしたまま黙って1本の弓を見ていた。


ー綺麗な弓だ。


勇生はその弓に目を向け、その美しさに素直に感嘆した。木で造られたその大弓には、古い物ならではの深い艶があり、”握り”の上下に彫られた装飾の細かさは芸術的だった。


でも、どこかでこんな彫刻を見たことがあるような・・・?勇生が思い出そうとしているところに、メルルが来て同じように弓を覗き込み、驚いたように声を上げる。


 『あれ?これ、おばばの・・・!?』


そうだ。あの家で見たんだ。勇生もまた驚き、ラウルを見る。ラウルは弓を見上げたまま、努めて明るい口調で答えた。


 『コレ、バディスの・・・。"父さん"の弓だ。』


その声には確信が込められているが、それにしてもラウルの表情がどこか硬い。


 『え・・・?』


勇生は何となく聞き返したが、それ以上何も言えず口ごもった。ラウルは黙ってその弓の値札を見る。


 ”950ギル”


それを後ろから覗き込んだ勇生とメルルは、驚いて顔を見合わせた。他の物を見た感じから、物凄く高いということはわかる。


 『おぉ!!お目が高いですなぁ!』


ニコニコとしてまた近づいてきたガースに、ラウルは落ち着いて尋ねた。


 『この弓って・・・どこから?』


ガースは嬉しそうに説明を始めた。


 『この大弓は、かの大戦にて(あお)の王国の”英雄”バディースが使ったと言われる弓でございまして。』


曇っていたラウルの瞳が少し明るくなり、ラウルは急ぐようにガースに続きを促す。


 『その、バディースは、どうなったの?』


 『大戦後は、そうですなぁ。・・・母国を裏切り追放(・・)されたとか・・。それでも英雄、英傑の弓に違いございません。』


ガースは言いにくそうに言葉を濁す。


裏切った?そもそもエルフは自由の民だ。母国なんてものは無いのに。あるとすればそこは”森”のはずだ。


ラウルは驚き綺麗な顔を歪めた。それに”追放”だって??


勇生は険しい顔のラウルを横目で見ながら少し考えたものの、思い切ってガースに尋ねてみた。


 『これ、サービスならいくらになんの?』


ガースは待ってましたとばかりに両手を叩く。


 『こちら、護衛のお礼に加え”ザガース武具店”で購入したということを、街々に言い伝えていただけるという条件でしたら・・・900ギルでどうですかな!!』


チッ。


勇生は微々たる値引き額に心の中で舌打ちし、メルルもまた隣で苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


ラウルは驚いたように勇生を見る。


 『矢と、剣を買いに来たんだよ?』


勇生はそのラウルを真っ直ぐ見返し、首を振った。


 『剣はいらない。ソレ買えば。』


勇生は大弓を指差し、メルルも隣で頷いている。ガースは思ってもいなかった高額品が売れる予感に、急いで大弓を壁から取りラウルの手に握らせた。


 『どうぞ!!お試しになって下さい。』

 『いやいや、僕には大きいよ。』


ラウルが慌てて返そうとするが、勇生がガースを会計へと促し、メルルはラウルの両肩に手を置き説得する。きっと全財産を投げ打つことにはなるが、買えない額ではない。元より今の所持金はラウルが布を売って得たお金でしかないのだ。


 『その弓、ラウル・・・なら使える。と思う。いつかは、絶対。何よりこんな偶然無いよ、きっと。』


ラウルは最後まで迷っていたが、何度かその弓を引いてみた後、2人に背中を押されるようにしてとうとう鞄から大金を出し、大弓を購入した。代わりに、今まで使っていた弓を売ったがーこれにも細かな彫刻が施されていたがー代金は50ギルにしかならなかった。


支払いが終わると、急に減った旅の資金に心細くなりラウルは2人に謝ったが、メルルがにっこりと微笑んで言った。


 『お金が無いのは大丈夫。その弓は、掛け替えのないものでしょ?』


ラウルは勇生とメルルに深々と頭を下げると、すっきりとした顔で笑った。


 『ありがとう。』


そうして3人は、日も暮れる頃ようやく店を出た。



今回すごく長くなりました。

前話また少し修正しています。


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