34:盗賊
三人は一晩泊まった宿の支払いを済ませ、ガースの馬車へと乗り込んだ。乗るといっても積み荷の隙間に腰掛ける感じになるが、乗り心地はそう悪くない。三人を乗せて馬車はユラユラガタガタと森の側道を進んだ。
ラウルは、護衛を引き受けた張本人のくせに周囲を警戒する素振りもなく、荷台の端で呑気に脚をブラつかせながらウトウトと微睡んでいた。メルルは狭いところが落ち着くようで、隅の方で丸くなって積み荷にもたれている。
ー2人とも、護衛をする気はあるのか?
勇生にはそれが少々疑問だったが、何も起きなければ別にいいのだ。それはさておき朝から続いている気分の悪さが、揺られることで余計に増して胃から酸っぱいものが何度も込み上げてきている。
『ごめん。ちょっと止まってくれると助かる。』
勇生は前方のガースに声をかけた。ガースは気のいい返事をして御者に止まるように伝え、馬車が道の脇で脚を止める。ラウルはもうしっかりと瞼を閉じて眠っていたが、メルルはハッとしたように勇生を見る。
『どうかしたの?』
『・・・乗り物酔い。』
我ながら恰好がつかないが、正直に答えるしかない。勇生はふらつく足どりで馬車を降り、何とか森へと踏み入って、馬車から見えないことを確認すると思い切り胃の中のものを吐き出した。
嘔吐すると幾らかスッキリして、勇生はぐるぐる回っている視界を閉じて、頭をゆっくり持ち上げようとした。
ー皆を待たせている。帰らなくては。
その時だ。
耳鳴りに混ざって、聞きなれた2人の混乱した"声"が聞こえた。
『ん?なんだコレ・・・っ!』
『え?何で動かないの・・・!』
ー2人に何かあったのだ。勇生は力の入らない足を何とか前に動かし、馬車へと走った。数歩も行くと馬車が見える。その前に何かが立ちはだかっているのが見えた瞬間、勇生を制止する"声"がした。
『来ちゃ駄目だ!』
声の主は、ラウルだった。馬車の前に黒いローブを着た人間・・らしきもの、と体格の良い大男が2人立っていた。そして真ん中の黒いローブが顔を上げ、思わず立ち止まった勇生を見る。
垂れたローブから僅かに覗いた眼が妖しく黄色に光り、勇生が睨み付けるとローブの人物は低い声で何かを呟いた。
勇生は構わず男のもとへ走った。
『・・・?』
ローブの人物、大男、それにガースやラウル、メルルまでもが呆気に取られて勇生を見ている。
勇生を待っている時に大男が2人、いきなり馬車の前に現れた。目を覚ましたラウル含め全員が瞬時に身構えたが、男の後ろから現れた黒いローブに気づいたと同時に全員の身体が痺れ、金縛りのように身動きが出来なくなったのだ。、今もまだそれは続いている。恐らくこれは、強力な呪術だろう。動けている勇生が不思議だった。
『呪術師がいる。気を付けて!』
ラウルの"声"は、音声というより頭に直接響いているようだった。勇生はみんなが見ている中、怪しげなローブの人物に掴みかかった。
その顔が引き攣り、ヒィッと小さく悲鳴が漏れる。ローブの中の顔は皺だらけで、ローブを外してしまえば痩せ細った年寄りにしか見えない。
勇生はグッとそいつを睨み付けナイフを握りしめたが、一瞬迷った後に道路脇へ突き飛ばし、後ろの2人に斬りかかった。
大男は一瞬動揺を見せたがすぐに構えを取り、勇生のナイフを握る手を捻り上げる。
ラウルは身体が動かせるようになったことに気付いて、背中から矢を取り出し迷うこと無く弓を引いた。
ラウルに取ってはヒトも魔物も同じだ。
バシュ、と音がして身を潜めようとしていたローブの老人が倒れる。
ラウルの矢が光り、続いて大男の片方も倒れた。勇生の腕を取っている方は慌てて勇生を盾にしようとしたが、逆にその手をグイと下に引かれ、股間を思い切り肘で強打される。
『くっ。』
大男は呻き声を上げながらもその場に踏みとどまった。しかし顔を上げるとナイフを手にした勇生が、殺気を漂わせながら自分を見ていた。
『くそっ、覚えてろ!!』
大男は捨て台詞を吐きながら、よろける脚で森へと逃げて行った。ラウルはその背中を見ながらまた弓に手をかけたが、矢が勿体無いか、と呟いて手を降ろした。
勇生が後ろを振り返ると、ガースが感心した顔で深く頷き両手を叩いた。
『やはり、私の目に狂いはない。何か、呪術耐性を身につけておられると見ましたが・・・魔道具ですかな?』
『グッズ?』
勇生が何のことかわからず聞き返すと、ラウルが横から口を挟む。
『グッズじゃないね。彼のは元から。』
『は?』
勇生は苛々しながら何のことだとラウルに詰め寄り、ラウルは口を尖らせながら説明する。
『さっきのは呪術師だった。君が呪術にかからなかったのは、”呪い”に耐性を持っているからだよ。最初からなんだ。何故かはわからない。』
説明を聞いた勇生の間の抜けた表情を見て、ラウルは笑顔に戻り勇生の肩をポンと叩く。
『ユウキのおかげで助かったよ。ユウキに会えて、幸運だったなぁ。』
屈託ないその笑顔に毒気を抜かれて、勇生は何とも言えない顔をしてまた荷台に戻った。
荷台の隅からメルルが申し訳なさそうな顔でこちらを見る。
『えと、ゴメン全然動けなくて・・・。具合はもういいの?』
勇生は頷いた。吐いたからか、それどころではなくなったからかわからないが、気分は良くなっていた。
『大丈夫。』
勇生はまた揺られながら空を見上げた。晴れた空に黒い鳥が1羽、飛んでいる。
・・・呪い耐性、か。
勇生は一人でぼんやりと考えた。長い間、呪われていたから耐性が出来たのだろうか。それならそれで、よかった。
ー2人を守ることが出来るのなら。
前話少し修正しました。