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33:商人

 勇生は宿屋で寝たその夜、数日ぶりに短い夢を見た。

 

薄暗い部屋で、唯一明るいPCの前に誰かが座っている。その背中は細く、伸びた黒髪がゆるりと腰まで流れていて、洋服の袖から出た腕は人形のように白い。そして画面に釘付けの目は何かに驚いているのか、瞳孔を開いたまま固まっている。


勇生はその静止画のような横顔を見た後、恐る恐る画面を覗き見た。そのヒトの、腕と同じく白い指先はマウスに乗せられていて、画面はユルユルと下へ流れていく。そしてそこに入力された文字がまるで見せつけられているかのように目の前に浮かび上がって、勇生もまた画面から目を離せなくなっていた。



______

可哀想。

天罰下れ。

刑務所に入れろ。

いじめに加担した奴、全員氏名公表しろ。

↓↓↓

中学生集団暴行事件

↓↓↓

__加害者と思われる少年Aと被害者少年が屋上で被雷か!現在重体__

↓↓↓


そこに羅列された文字を見て、否応なしに"あの日"のことを言っているのだとわかった。勇生は心臓を握り潰されるような心地を味わっていた。


理解していたつもりでも、実際にそれを見るとその重みは想像以上だった。もしこれが夢でなく、今の"現実"だとしたら、受け止められるかー・・・。勇生にとって唯一の救いは、その画面の情報では被害者少年が”死亡”していないことだけだった。


その画面を見つめているヒトは、ユルユルと画面をスクロールしていた指を止め、キーボードを叩き始めた。


カタカタ。カタカタカタ。


滑らかに動くその指はまるで愛しい人でも撫でているかのように優しさに溢れ、また、もしそこに鍵盤があれば終末の音楽が聞こえてきそうな程の狂気にも溢れていた。


ーカタカタカタカタ。

暗闇に新しい、絶望の文字が浮かび上がる。



 Aの姉です。


 Aが生きてて申し訳ない。


 私が代わりに、■■ます。



パソコンの中では、楽しんでいるのだと思っていた姉は、やはりどうしようもなく病んでいた。


ー何だよそれ。


勇生はその(・・)言葉を見て思わず(いきどお)った。どうして、”代わりに”だなんて言える。今まで1度も、"姉"であろうとしたことすら無いくせに。


ーどうして。


思わず呟いた途端、自分の声で目が覚めた。後味が悪すぎる夢のせいでしばらくムカムカとして眠れなかったが、隣を向けばメルルの輪郭が見えて、その神々しさで何とか朝まで過ごすことが出来た。




ーーー


 『パンも、美味しいね。』


朝食を取りながらメルルが気遣うように明るく話し掛けてくれるが、憂鬱が晴れない。勇生はその堅いパンをかじりながらため息をついた。


ー夢をこんなに引き摺るとは。


ラウルはこちらの様子には構わずウエイトレスのお姉さんと会話を弾ませている。


そんなところへ、昨日会ったばかりの旅の商人、ガースがひょっこり現れた。


 『いやいやこちらのお宿でしたか!昨日は危ないところを助けていただきまして、誠にありがとうございました。』


ガースは、周りをチラチラ見ながら大袈裟に頭を下げる。"街の恩人"と繋がりがあることをアピールすることに余念がない。


 『ここで会ったのもご縁ですし、昨日のお礼と言っては何ですが・・・。』


そこまで言うと、一呼吸置き、勇生の腰に下がった短剣をちらりと見た。


 『そちら、勇者(・・)殿には見合わないお品のような気がしましたもので、、お節介ながら良い品をお見立てさせていただきたいなと。』


勇生はガースの慇懃な態度に寒気を覚えながらナイフを握る。


ー何が"勇者"だ。詐欺商人にしか見えない。


 『見たところ刃も短いですし、変色しておりますな。私の店ならば打ち直すよりも良い買い物が出来ますぞ。』


勇生は返事をする気にもならず、黙ってラウルとメルルを見た。


メルルはお金が無いもんね?と悲しそうに呟き、ラウルは何か考えるようにしている。


 『お代などは勿論、勇者(・・)殿特別価格にて提供させていただきます。』


ガースは低姿勢にしながらもしっかり押し売りをする気のようだった。そこでラウルが尋ねる。


 『お店って、どこ?』


ガースは嬉しそうに答えた。


 『私の馬車で行けば2時間ほど。商人の街(メルカント)にございます。』


勇生はとんとん拍子に話が進むのを聞くとも無しに聞いていたが、ラウルはちゃっかり、同行ついでに護衛をするということで30ギル分武具をサービスしてもらうという約束を取り付けていた。


 『では昼過ぎに、出発でよいですかな。』


え?え?とメルルはラウルとガースを見比べ、最終的に出発が決まると慌ててパンを口に詰め込んだ。ラウルは勇生を見てにっこりと笑い、悪戯な顔で言う。


 『僕も矢が消耗してるし、"この街"以外にもいろいろな街に行きたいんだ。ユウキの剣も良いのがあるかもしれないし。』

 『ね・・!』


と、ウインクをしながら顔を近づけるラウルをじろりと睨みながら、振り払うように勇生は椅子を引いて立ち上がった。いつの間にか増えていた周りの女性達がラウルのウインクに見とれて歓声を上げる。



ーでも、強い剣があれば、もっと強くなれるだろうか。勇生はふと自問する。


ー強さを手にすれば、"この世界"で、ずっと生きていけるだろうか。


ーもう、あの家(・・・)に戻らなくて済むのなら・・・。


勇生は立ったままそんなことを考えていたが、目の前で慌てて水を飲んでいるメルルを見て、もう少しだけ、椅子に座ることにした。


3人は、しばし食事を楽しんだ後部屋に戻り、少ない荷物をまとめて発つ準備をした。

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