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31:晩餐、それから

 メルルはお湯にでも浸かったかのように、のぼせた顔をして2階へ上がって来た。その髪はまだ乾き切らず、しっとりと肩に落ちている。


 『ゆっくりできた?』


ラウルが問いかけるとメルルはぼんやりとした顔でこくりと頷く。


メルルは水浴び場で、沢山の女性に話しかけられたのだ。豊満なおばちゃん。スレンダーで筋肉質なお姉さん。撫で肩の柔らかそうなお姉さん。その長い手脚と揺れる・・・。


メルルはぎゅっと目を瞑った。見放題で嬉しいような、申し訳ないような気持ちもあったが、ともかく肉々しい光景で胸が一杯だった。


メルルがぼんやりしている間に、食事がテーブルに運ばれてきた。ウエイターのお兄さんは3人の前に大皿を一つ置き、メルルと勇生ははその皿に乗ったものを見て目を見開く。


ーこ、これは。


その皿に沢山の野菜と共に盛り付けられていたものは・・・あの(・・)、最初の川でメルルが捕ったものと同じ、ー大きさはあの倍ほどあったがー、見た目の不気味な黄色の魚だったのだ。


 『こちら、サービスです。』


驚いている2人を見てウエイターは微笑み、皿の上のそれについて説明した。ーこちらは当店人気のギャマンの揚げ物でございます。ささやかではありますが、貴殿達のご活躍に感謝して。ようこそ”木材の街”へ。


ーギャマン。


メルルがサッとメニュー表に目を落とすと、確かにあった。ギャマンの姿揚げ 新鮮野菜を添えてー”5ギル”。他のメニューと比べると破格に高いではないか。


勇生とメルル、それにラウルも驚いていた。確かに美味しい魚ではあったのだ。しかしまさか、高級魚なのか?皿の上の”ギャマン”は虚ろな眼や黄色の体もカラッと揚げられ、串焼きよりも美味しそうに仕上げられていた。


ごくり。


メルルは取り分けてもらったその身を一口食べ、皮の香ばしさや身の柔らかさをゆっくりと噛んで味わいながら決心する。


ーもし勇生やラウルと離れて生きていくことになったら・・・漁師、いや海女さん、いや”川女”として生きていこう。


その晩の食事は川魚(ギャマン)に始まり、鳥肉を焼いたものや、スープ、蒸された根菜など3人は十分満腹になるまで様々な料理を食べた。勇生とメルルはメニューがわからないので、結局全て注文はラウルに任せた。


食事が終わると、3人はいよいよ部屋へと向かった。空いていたのは土壁の部屋・・・ざらりとしたどことなく懐かしい質感の壁に囲まれ、広くて固い木の床にベッドが3台置いてある。レストランの真上にあるその部屋は、窓は無いが明かり取りか換気のためと思われる拳大の小さな穴が幾つか設けられていた。


 『涼しくていいね。』


ラウルはにこりとして呟き、メルルも物珍しそうに壁や床を触って、うきうきとした表情を浮かべている。


ベッドは左右の壁側にそれぞれ1台据え付けられていて、その真ん中に小さめのベッドが1台置かれていた。


勇生は部屋に入ってからずっと、悩んでいた。誰が真ん中に寝るのか。それが問題である。正直に言えば端がいい。しかしそれを言っていいものか。


いっそのこと、自分が真ん中に・・・と勇生が動こうとした瞬間、メルルがスッと真ん中のベッドに座った。


 『じゃあ僕はこっち!!』


迷わずラウルが右のベッドに飛び乗る。ニコニコとこちらを振り返るメルルとラウルを見て、勇生は黙って左端のベッドに寝転がった。


ーいいのかな。


そう思って隣を見ると、こちらを見たメルルと目が合って慌てて勇生は天井を見上げる。


ー駄目だ。落ち着かない。


雑念を払うように目を閉じると睡魔が襲ってきたが、しばらくすると誰かが階段を上る音と喧嘩する声が聞こえてきた。


 『だから言っただろ!!言うこと聞かないからだよ!』


察するに、それは親子喧嘩のようだった。


 『うるせぇんだよ!!クソババア!!』


威勢の良いおばさんと若者の声が壁越しに聞こえてくる。その後上の部屋でバタン、ガタガタと音がし始め、どうやらその親子は上の階の客のようだった。


 『サッサと寝るんだ!!』


 『いちいち言わなくてもわかってらぁ!!』


喧嘩は終わる気配もなく、聞いているだけで徐々に苛立ちがつのる。眠れない。勇生が何度か寝返りを打って目を開けると、薄明かりの中でメルルがじっとこちらを見ていた。驚く勇生に、メルルはクスリと笑って見せる。


 『え、あ、眠れないとか?』


小声で聞く勇生にメルルもまた小声で返事をする。


 『ちょっと、(ウチ)を思い出して。』


勇生はもう一度驚いてメルルを見た。そうか。メルルにも家族がいたのか。考えてみれば当たり前だが、喧嘩するような賑やかな(・・・・)家族がいるとは。


勇生が黙り込むとメルルは懐かしそうにため息を漏らし、天井を仰ぐ。


 『ねえ、君の家族は・・・どんなだった?』


メルルからの思いがけない質問に勇生は黙り込んだ。せっかく話題を振ってくれたのに答えられないのだ。


ーどんな・・・?


勇生は考えた。少なくとも勇生の過ごしていた日々には、家族(・・)の会話や団欒は無かった。不在の父。虚ろな顔の母と閉じ籠もった姉。因縁がある分、他人よりも悪い。それが勇生にとっての家族というものだった。


 『兄弟とか、いた?』


メルルは勇生の沈黙から何かを察したのか質問を変えた。ラウルはいつの間にか寝たようで、安定した寝息がその向こうから聞こえて来る。


 『兄弟は、ええと、姉が、1人。』


勇生は言葉に詰まりながらも何とかこの質問に答えた。言葉にして初めて気付いたが、”姉”について他人に話したのはこれが初めてだった。


・・・一度も呼んだことが無い、その名前は、”桜良(サクラ)”。



そうして勇生は、自分の記憶に残る、ごく僅かな"桜良"のことをぽつりぽつりとメルルに話し始めた。


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