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30:宿泊

 管理人に案内され無事に街へ入った3人は、周りを観察する余裕も無いほど好奇の目に晒されていた。勇生とメルルは視線を避けるように俯きがちに歩いていたが、ただ一人ラウルだけは注目を楽しむかのように街の人々へ会釈し、手を振り終始忙しそうにしていた。


それもこれも、門のところで会った商人、”ガース”と名乗ったおやじが出発を遅らせてまで街へ戻り、吹聴して回ったせいだった。


人々は興味や畏怖、安堵に疑念・・・何故こんな子供が?と様々な感情を覗かせて3人を見ていたが、女性達からのラウルへの視線はまた違ったものだった。


熱っぽく、うっとりとして見るその眼差しは、アイドルに向けられるものに近い。


そしてラウルの神対応によって、3人はぞろぞろと女性ばかりを長く引き連れて行進することになってしまったのである。


このままでは居心地が悪い。本当なら真っ直ぐ宿屋へ向かいたいところだが、、お金(・・)が無いのだ。ラウルに考えがあるようなので勇生とメルルは素直に後を付いて行くしかなかった。


ラウルがようやく足を止めたのは、様々な羽織り物を店先に吊した衣料品店のような小屋の前だった。


店主もまた噂を聞いていたのか愛想良く出迎えてくれたが、後ろに続く大行列には困惑の表情を浮かべている。


 『これ、買い取ってもらえる?』


それも気にする素振りなく、店に入るやいなやラウルは大きな鞄から取り出した布を広げ、店主に渡して見せた。それは恐らくおばばの手によるものだろう。渋い蔦の模様が織り込まれた豪奢な織物だった。


 『ほう・・・?』


歳のいった店主はいきなり渡された布を、値踏みするようにまじまじと見る。


ラウルは出来るだけ堂々と、おばばの教えに従って説明してみせた。


 『そこいらの織物とはレベルが違うよ。光に(かざ)せば模様が変わるんだ。』


 『へえ・・・?』


まじまじとその織物とラウルを見比べ、店主は呟いた。


 『ううむ・・・。』


勇生とメルルはハラハラとしながらそれを見守る。突き返されるんじゃないか。布なんて。


 『そうですなぁ。』


店主は誰にともなく呟いた。相当質の良い織物だ。その上珍しさもある。高価になるのは間違いない。ーただし、柄が渋すぎるのだ。買い手が付くだろうか?


店主はもう一度3人の顔を見て布を見た後、店外へ続く行列を見てしばらく何かを考える素振りを見せた後、大袈裟に肯き店の外まで聞こえる程の大きさで手を叩いた。


 『よし、買おう!!1000ギルでどうだ。』


その声に店の外を取り巻いた人々がどよめき、その反応をちら、と見て店主がにやりとしている。


ー1000ギル・・・ギルって何だ。1000円???


勇生とメルルは胃がキリキリとするのを感じた。


ラウルは相場を教え込まれていたのか、これまた驚いて店主を見る。


そして、ニッコリと微笑んだ。


 『いいね!!ありがとう!!』


ラウルは喜んで勇生とメルルの手を取ろうと振り返ったが、二人は何とも言えない表情をしている。


 『え、どうしたの?』


戸惑うラウルにメルルが恐る恐る聞く。


 『・・・よかったの?』


あ、そっか。ラウルは笑って二人に説明した。

1ギルで食事が出来るし、10ギルあれば質素な宿なら一泊できる。1000ギルなら3人居てもこの先しばらくは困らないだろうとー。


----


その晩は、店主が教えてくれた旅人向けの宿屋に泊まることにした。


訪れた宿屋は、一階が男女別の水浴び場、そして二階に食事処、三階から上は全て客室になっていた。階層ごとに木や土、石と、いろいろな基材で部屋が作られているのが不思議だ。そして1階層(フロア)には部屋が1部屋しか無い。細長い建物なのだ。


 『今ね、空きが一部屋しか無いんだけど・・・。いいかしら?』


一階のカウンターで話を聞くと、おばさんがチラとメルルを見て申し訳なさそうに言った。


ー良くないだろ。


勇生は驚いた。まさかこれは世界(・・)観の違いというやつか?


別のところを探そうと、勇生がラウルの手を引いて合図しようとしたその時、メルルがすごい勢いで首を縦に振った。


 『えっ。』


勇生は驚いてメルルを見るが、メルルもラウルもニコニコとしている。


メルルも、そういう(・・・・)文化のヒト?


勇生は一人で動揺したが、本人がいいというのに止める理由も無い。


 『はい、大丈夫です。』


田中(メルル)からしたら、それは勿論自然なことだった。


一人だけ別の部屋なんて恐ろしいし、わざわざ変えてもらうなんて申し訳なくて出来ない。


出来るだけニッコリとお行儀良く笑って、メルルは答えた。バッと下を向いた勇生の顔色に気付くこともなく。


3人は無事受付を済ますと、まず水浴びをして2階の食事処で集合することにした。


ー水浴び。


メルルは一瞬迷ったがきちんと女性用水場へと向かった。大丈夫。だって、女の子なのだ。姉や妹を考えれば何てことは無い。何てことはない・・・。


勇生とラウルは妙に浮き足だったその後ろ姿を2人で見送り、男性用水場へ入る。考えてみれば、他人と宿で過ごすなんて修学旅行以来だ。勿論部屋は男女別だったが・・・。勇生は、何度追いやっても浮かんでくる余計な想像を振り払うのに疲れ、水場から出たときにはぐったりとしていた。対してラウルは水を浴び、心の底からさっぱりとした顔である。


ーチッ。


勇生はほんの一瞬だけラウルを羨ましく感じ、ため息をつきながら食事処でメルルを待った。



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