3:出会い
感想有り難いです‥!
眩しさで真っ白だった瞼の裏は、少しづつ暗くなりその内に真っ黒になった。ぼんやりする頭の端の方で体は痛みと戦っていた。周りの温度は熱くなったり、冷たくなったり絶え間なく変化しているようだった。
でも、どうやら死んではいない。
そのことがわかるようになったのは、瞼の裏にまた光が差し始め、何度も呼びかける声が聞こえたからだった。
『ねえ、ちょっと大丈夫?!!』
目を開けたくない。いっそ、このままでいたい。どんな現実になっているのか考えたくも無い。勇生は屋上にいたことを思い出し、一層強く瞼を閉じたがその声はうるさく耳元で鳴り続ける。
『え‥生きてるよね?脈もあるし‥なあ起きろって!!』
うるさい。体を揺さぶられ、叩かれ挙げ句に瞼をこじ開けられ、勇生はジロッとそいつを睨んだ。怯んだそいつを押し退けるようにゆっくりと体を起こすと、体の節々、特に足の裏が焼け付くように痛んだが体の痛みよりも気になったのは目の前にいる人物だった。
歳は同じ頃に見えるが、日本人離れした見た目をしている。ふわふわに広がる肩までの金髪と、青白い肌。くっきりとした二重の瞼に長い睫毛。翠色の目。水色のワンピースに青いブーツ。勇生は思わず漏れそうになる声を留め、そのまま口を噤んで周りの景色へ目をやった。
そこは見晴らしの良い丘の中腹のようだった。一面に生えた短い草が風になびいていて、ところどころに岩や灌木があり、見た限り、人間は目の前の人物しかいない。空はすっきりと青く、膝に手を付き立ち上がってみると、眼下に街らしき建物があるのが見えた。
『痛てぇ‥』
体の痛みに顔を歪ませ、脚を見て勇生は自分もおかしな格好になっていることに気づいた。脚には茶色のブーツを履き、紺色の長袖に長ズボン。首から肩には灰色の布を巻いている。唯一露出した手は青白く、目の前にいる人物と同じ肌の色に見えた。
『‥‥なに、これ。』
逡巡しやっとのことで出した言葉に目の前の少女が答えた。
『わからない。』
2人は見つめ合い、沈黙し、しばらく時間だけが流れる。
『ち、近くで食べれそうなもの探してくる。』
勇生が次の質問を考えている間に少女は焦ったような顔で勇生の背中の方を指さした。勇生がそちらを見ると、黒い実のなった樹が数本固まって生えている。勇生は考えるのを一旦止め、頷いた。
『俺も行く。』
少女は驚いたような、安心したような顔をして曖昧に頷き、指さした方向へそそくさと歩き出した。少女もどこか怪我をしているのか、体を引きずるようにして歩く。その後ろをついて行きながら、勇生はまだ状況を把握しきれずにいた。
夢‥‥?
体の痛みだけが現実味を帯びて、他は全て夢か幻のようにしか見えない。何となく寒々しい、世界。そこで勇生はひとつ気づいた。
『色が無いんだ。』
色が無いというか、少ない。何というか、赤っぽいものが無い。その言葉に、前を行く少女がパッと振り返った。
『やっぱり??』
勇生が驚くと、少女は少し悲しそうに、話した。
『色が無いんじゃなくて、眼が見えなくなったのかも。』
どうやら少女にもそう見えるらしい。勇生はそう思いながら、色の区別がつかない人がいるらしいが、そういうやつかもしれないな、と思った。あの、雷のせいでそうなったのかはわからない。では少女も雷に打たれたのだろうか。
樹の下へ辿り着き、器用に枝を引っ張り勇生へ実を採るように促す少女は、少なくとも自分より頼りがいのある人物に見えた。勇生がスモモのような形の実を一つ採って渡すと、少女は小さく囓った後、我慢しきれないかのように丸ごと口に放り込み、じっと見ている勇生に気付いてビクッとしながら
『コレ食べられそう。』
そう言ってぎこちなく笑った。まるで花が咲くような可憐さで。勇生は今まで、年齢関わらず女性というものが苦手だったがそれは間違いなく姉と母の影響で、この少女ほどかけ離れた見た目の存在には嫌悪感がわかなかった。勇生はその果物を取れるだけ取り、肩に巻いていた布でくるんで残りは少女に渡した。少女は顔に似合わない勢いでがむしゃらに食べると、いきなり樹の下に寝転がった。
『あぁ疲れた。次起きたら水探そう。』
独り言のようにそれだけ言って、少女は辺りを警戒もせずその綺麗な目を閉じる。勇生は眠れるわけもなく、樹にもたれて座った。体も痛むし、休みたいのは勇生も同感だったがこんな場所では落ち着けなかった。ブーツを脱いでみると、右足の裏は皮膚が硬く紫色になり、茶色の血が滲んでいて、そこがじくじくと痛い。血も赤くないな。勇生は足を見ながらそんなことを思った。
うつらうつらする内に辺りは暗闇に包まれ、遠くで獣の声のようなものが聞こえ始めた。