28:対ゴブリン
構えたナイフからビリビリと青白い光を発しながら、勇生は左手から来たゴブリンを一気に切り裂いた。
『ギャッ。』
短く叫びゴブリン達は仰け反り倒れる。今までの魔物とは違い、苦痛と憎しみに満ちた目で勇生を睨みながら。
ー知るか。襲ってきたお前らが悪い。
勇生は迷いも見せず、次々と襲いかかるゴブリンをナイフで切りつける。正確には、彼らは電気ショックで倒れているようだが、当てるだけなど余裕のある動作は出来ない。倒れたゴブリンはゆうに10を超え勇生の前には生臭い血溜まりができ始めたが、それでもその後ろから来る群れは後を絶たない。
ーチッ。
勇生はナイフを持ち直し汗を拭う。ラウルの様子を確認する暇も無いが、この多さでは苦戦しているかもしれない・・・。
後方のラウルは、勇生の予想通り多数のゴブリン相手に手を焼いていた。
弓を引き、一匹、また一匹と確実に相手を射抜いてはいるがその横をすり抜けてくる奴がいる。
『ハァ。』
小さな溜め息を付くとラウルは、メルルを狙い横をすり抜けたゴブリンに向かって短く呪文を唱えた。
『地に沈め。』
途端にゴブリンは、体を大地に貼り付けられたかのように地面に這いつくばる。
『グ、グギィ・・・。』
顔を歪めたゴブリンが悔しそうに何体もラウルの横で倒れ重なってゆく。
ラウルは何度も繰り返し呪文を唱える。悔しいが、一度に使える魔力が弱いため多数を同時に足止め出来ないのだ。
ラウルは弓を引く手も止めることなくゴブリンを仕留めていく。力は弱いが、同時に複数の属性の魔力を行使できる。それがラウルの強みだった。しかし、ゴブリンは想定以上に多かった。
ーいつの間に、こんなに数を増やした?
ラウルは舌を巻いた。このままでは矢が尽きる。後ろの"勇生"が半分倒してくれたとして、あとどのくらいいるのか。減る気配の無い群れに辟易する。
勇生もまた、このままではこちらが不利だ。そう感じていた。修行中に何度も言われたおばばの助言に従い魔力の消耗を抑えて戦ってみたが、このまま行くと駄目かもしれない。いっそのこと残る全力で、また”雷撃”を・・・。
ラウルと勇生は、苦境の中振り返りお互いを見た。
その間に、メルルがいる。
ラウルはメルルを見た。可能性があるとすれば、それは”彼女”がー。
メルルは、地面に両手を付いていた。
戦闘が始まり、襲ってきたゴブリン達は不気味な顔で笑っていた。獲物を蹂躙する快楽からか。笑う大きな口に生えた牙。尖った鼻と耳。ギラギラと輝く二つの目。痩せた手脚。脳裏に焼き付いて離れない不気味な魔物。
彼らを勇生とラウルは迷いもせず倒して行く。メルルは目の前で繰り広げられるそれを、恐怖に怯えながら見ていた。倒す側。倒される側。”僕”はどっちだ?
ーいや違う。メルルは自分の頬を叩いた。
しっかりしなくては。相手は魔物なのだ。倒せなければ”終わり”だ。その瞬間皆死ぬのだ。この世界では暴力に程度なんて無い。
メルルは泉の精に遭った時のことを思い出し、また勇生の訓練中に盗み聞いたラウルやおばばの言葉を頭の中で繰り返した。
メルルだって、ただあの家で休んで日々を過ごしたわけではない。ーおばばは何も教えてくれなかったが。
息を、吸って、吐く。
勇生のナイフが空気を裂く音がする。肌を通してわずかな電撃の余波が感じられる。
吸って、吐いて、メルルは手の平に集中する。
ラウルの矢が一瞬辺りを照らし出す。
そして。
『メルル?』
2人が同時にメルルを振り返った瞬間、メルルは熱を帯びた手の平に魔力を込め、思い切り叫んだ。
『まだ、死ねないから!!!!』
ラウルと勇生は、突如巻き起こった旋風に巻き込まれそうになり、蹌踉めいた。驚いて見上げる中、竜巻のように渦を巻き始めたその旋風は、3人を中心に囲むようにして物凄い勢いで吹き上り、ゴブリンを巻き込みながら徐々にその直径を広げていく。
ー何だこの"力"は。ラウルは口を開け、呆然とした。風属性ー?いやこれは、初心者が使う"風"のレベルではない。
巨大な竜巻はメキメキ、バキバキと樹木までもへし折り、ゴブリン達をいとも簡単にへし折っていく。
勇生は一瞬目を細めたが、無表情でその姿を見、音を聞いた。
メルルはその間ずっと地面から手を離さない。
竜巻は100メートル程の範囲に広がった後、ようやく静かに消え、それと同時にまたメルルが倒れた。
慌てて駆け寄る勇生が、メルルを抱え起こす。
『大丈夫?』
呆気に取られたような顔でメルルを覗き込みながら、ラウルが尋ねた。
『へへ。』
メルルは何とか笑って見せる。
驚いた表情のラウルと、メルルを抱えた勇生はどちらからともなく、随分開けたその周りを見渡した。
『ちょっと、目立ちすぎだね。』
ラウルが微笑しながら言ったが、メルルを見るその顔には安堵の表情が浮かんでいる。勇生もまた、”生きている”ものの気配がしないことにほっとしていた。
ひとまず、乗り切れたのだ。
『ヒトの作った道に出るとヒトを狙う魔物が多いから、少し歩いて森に入ろう。』
ラウルの提案に従い、勇生がメルルを背負って歩いた。どうやら、メルルにも何かの”力”が使えるらしいー。
そのことは安心にもつながるが、少し複雑な気分でもある。もっと自分も強くならなくては。
勇生はまた、一人で考え込みながら黙ってラウルの後ろを歩いた。